超越の棋士羽生善治との対話 高川武将

p38 私は将棋を指すときに、闘争心は要らない、と思っていますね。(略)将棋は対局時間が長いので、自分のペースを乱さないよう、変わらないよう、一手一手を指していくことのほうが大事。

p49 勝つことへのこだわりはないのですか?

羽生善治「勝ち負けを決めるだけならジャンケンでもすればいい」

勝つことは第一の目的ではないのですか?

羽生善治「結果も大事ですが、結果と内容がともなって、初めて本当に価値のあるものになると思っています」

〈楽しむこと〉と〈勝負〉とはどういう関係ですか?

羽生善治「結果が出ることに対して一生懸命やるのが基本ですよね。お互いに一生懸命やれば、将棋では必ず意外性のあるドラマが生まれたり、自分が予想もしていなかったことが起こったりする。そういうところに楽しさがあると思っていますけど」

p61 流れと言っても、片方だけがずっと持ち続けて終わるわけではなくて、対局中に揺らぐわけなんで。劣勢の局面が続いても、その揺らぎがあって自分にチャンスが来たときに、どう活かしていくか。流れが変わってきたとき、本当に真価が問われるとは思いますね。

p82 竜王・渡辺は言う。「将棋は勝つことがすべてです」

※世代?

p102 羽生さんは、いったい何と闘っているのか?
「あのぉ、突き詰めちゃいけないと思っていますね。いや、あんまり突き詰めて考えると、ないってことになっちゃって、ハハッ、ハハッ、ハハッ。いや、本当に。何もないとなっちゃうので…」
闘うものが、何もない…?
「ええ、その問いをどんどん突き詰めると、『何もない』という結論になるんです」
これだけ多くの対局をこなしてきたのに、闘っている相手が存在しない…。
「(闘っている相手が)絶対にあるかと聞かれたら、自信を持って『ある』とは言えないですよね。ハハッ、ハハッ、ハハッ」
「その問題を考えていくと、最後は『勝つことに意味があるのか』という話になっちゃうんですよ。ハハッ、ハハッ。もっと言えば、『将棋を指すことに意味があるのか』とか、そういう話になっちゃうので。ハハッ、ハハッ。だからあんまりそこは…まあ、歳をとってから突き詰めればいいんじゃないですかね。七〇歳くらいになってから」
もともとそういう考え方だったのですか。
「いや、やっぱり、対局をずうっと、ずうっと、たくさん、たくさんしていく中で、自然に湧き起こったことではありますね。ええ…」

(羽生は)「突き詰めると勝つことに意味はない」という虚無を見つめ続けているのか…。

著書の中で「目標や計画を立てるということは基本的にない」と言っていますが、それは将棋でも人生でも同じですか。
「ああ、そうですね。そうなんです…無計画です(笑)」
羽生さん、無計画!(笑)
「ハハッ、ハハッハハッ」

p190 2012年1月7日、東京・新宿の紀伊國屋ホール。400人の満員の聴衆を前に、羽生は、「雀鬼」の異名を持つ伝説的な雀士・桜井章一と共に舞台に上がっていた。桜井は1960年代から、大金を賭けた麻雀の代打ちを行う〈裏プロ〉として活動し、裏技も駆使して、引退まで「20年間無敗」だったとされている。(略)羽生はその桜井と「本当の強さ」をテーマにしたトークイベントに登壇していたが、どこか奇妙だった。対談にもかかわらず、羽生が一方的に質問を浴びせていたからだ。
「損すること、無駄なこと、健やかさは、運や流れをつかむことと関係ありますか」とか、「偶然はないというのは、細かいところを見て感じていれば、それがわかるからですか」などと問いかける羽生に、桜井は笑いながら、「先生、聞いてばっかりじゃない。こっちにも聞かせてよ」と何度か制する。だが、羽生は将棋について話し始めても、「自分の話ってつまらないなぁと感じるんです」と自ら中断して、すぐにまた質問するのだった。
「柔らかさが大事というのはどんな意味ですか?」「一期一会というのはその瞬間が凄く大切ということですか?」…そんな羽生の問いに、桜井は苦笑しながら応じる。
「先生はズルいよ。わかった上で聞いてる。『こいつ、どう答えるんだろう』って思いながら。素人相手の将棋みたいに」
会場は笑いの渦に包まれたが、羽生はポツリと言う。
「大変申し訳ないんですけど、こういうことに答えてくれる人があまりいないんですよ」
孤独な響きがあった。約一時間、羽生が桜井に尋ねたのは、直感や閃き、運、流れといった論理では割り切れない勝負哲学、人生哲学。実は対談前に、羽生は自ら桜井の道場を訪れ、同じように話を聞いている。それは七時間も続いたという。
「桜井さんは、セオリーやマニュアルで表せないものを知っている人という感じなんです。(略)」
「将棋には、羅針盤が利かない場面がある。乱戦、混戦。セオリーもデータも経験も役に立たない。そのときどうするか」
「桜井さんから得た知恵が何に役立つかはわからない。因果関係で証明できるものではない(※科学ではない)から。でもそういう話を聞くことは大事なことかなぁと。」

p201 将棋の真理に到達した「将棋の神様」はいると思いますか。
「将棋は有限のゲームで理論上は答えがあるはずなので、それを神と定義すれば神はいることになりますよね。でも、宗教概念として神がいるとは思えません。いたらおかしいでしょ、それ。ハハッ、ハハッ」

※神はいると思いますか。
「宇宙をつらぬく物理法則を神と定義すれば神はいることになりますよね。でも、宗教的な人格神がいるとは思えません。いたらおかしいでしょ、それ。ハハッ、ハハッ」

p210 桜井さんは裏の世界で勝負してきたわけですよね。
「もう、腐ってる、大腐りの世界だよ。俺なんか今考えると恥ずかしいし、いくら勝っても何の意味もない、何の価値もないことをやってきたんだ」
そう聞いて、私は羽生と桜井のトークショーのワンシーンを思い出した。
「桜井さんが長年やってきた中で、凄く印象に残った勝負があると思うんですけど、これは名局だったなというものはありますか?」
そう聞いた羽生に、桜井は間髪入れず「ないですね」と答えた。
「忘れたい。麻雀で勝負をしていた頃の自分を消したくてしょうがないんで。羽生先生はきっと、将棋の一局一局で、とても大切な勝負をされてきたと思うんです。だから、そう思われたのも当然ですけど、麻雀に名局なんてないんです」
それでも羽生は食い下がるように聞く。
「それこそ自分の持っているすべてを振り絞って、一打一打を打っていたわけですよね。その全力を振り絞った充実感みたいなものはなかったですか?」
だが、桜井の答えは変わらない。
「そのときは何でしょうね…『やっと終わった』とか、『よく生きて帰れたな』とか、そういう感じはあったかもしれないですけど…名局はないですね」
やや言葉を失っている羽生に、桜井は続けた。
「なんでこんなに勝負をして、勝ち負けが出て、勝った人間がこんな嫌な気持ちになるんだろう、というのはありますね。負けたほうはもっと嫌なんでしょうけど」
羽生はただ「ああ…」と嘆息していた。
※羽生は武道(ルールあり)、桜井は戦争(ルールなし)。その違いだろう。しょせん人殺しは人殺し。素晴らしい試合はあっても、素晴らしい戦争などない。

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