20160212 18歳から考える国家と「私」の行方 〈東巻〉: セイゴオ先生が語る歴史的現在 4講

p142
東インド会社とインテリジェンス──鎖国と海禁の違い

いとわっぷ【糸割符
白糸割符ともいう。江戸幕府によって輸入白糸(しろいと)(中国産の生糸)を統制した貿易仕法。それまでポルトガル船が日本貿易を独占し(南蛮貿易),多額の日本銀が流出していたが,徳川家康が将軍となって幕府を開くや,直ちに主要輸入品である白糸貿易の統制に乗りだし,1604年(慶長9)堺,京都,長崎の3都市の頭人クラスの町人を糸割符年寄に任命した。この年寄を中心に富裕な町人層が仲間を組織し(三ヵ所糸割符仲間という),白糸値段について糸割符年寄を中心にポルトガル商人と協議して決定した。

p169
朱子学
孔子や孟子の儒学を宋の朱子が編集改変した「新儒学」

p174
朱舜水
かつての中華精神がもっていた生徒というものをずっと転移しようとしていた傑物。
招いたのは、最初ばっかり長崎にいた安東守約(もりなり)で、朱舜水が六〇歳のときに日本に来たときにお世話をした。
 寛文四年(一六六四)光圀は日本の歴史の正統性を学ぶにはこの人しかいないと決めこむ。光圀が四〇歳。

p177
小石川の日本庭園「後楽園」という名は朱舜水が『岳陽楼記』の一節から「天下の憂いに先んじて憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」からの命名。後楽園は(略)日本の正統性に新たな指針を与えた朱舜水を招いたシンボルでもある。

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