第四部社会主義の科学p321-396
第一章社会主義の科学1~1資本主義の科学
2『ユートピア』とプロレタリアの問題、p329 モアは『ユートピア(1516)』でイギリスの社会(宗教よりむしろ経済)を諷刺した。共同所有について、モアは経験的に知っていた。囲い込み(エンクロージャ)以前では、農民は領主の支配下とはいえ、共有地(コモンズ)をもっていたからだ。封建国家(交換様式B)の下に農業共同体として残った交換様式Aである。土地の私有化によって(※これはすでに資本主義すなわち交換様式Cであり、領主(B)は資本家(C)に変わった)、農業共同体(コモンズ。交換様式A)が破壊されつつあった。それを示すのは、『ユートピア』で最も有名なつぎの寓話。「イギリスの羊は、以前は大変おとなしい、小食の動物だった。しかし、この頃は、大食いで荒々しくなり、人間さえも食い殺している。おかげで、国内いたるところの田地も家屋も都会も、みな喰い潰されて荒廃している」〈羊〉は封建領主や修道院だ。だが、その原因は交換様式Cの浸透(世界市場と資本主義の拡大)である。イギリスでは、オランダに輸出する羊毛の増産が求められた。封建領主らは、もはや封建領主ではなかった。p330 封建制では、領主と農奴(serf)との間に、収奪=庇護という相互性があった。その意味で、これは交換様式Aとは異なるが、一種の互酬交換、すなわち交換様式Bなのである。しかし、今や領主たちは、農民を土地から追い出し、また彼らを賃労働者として雇う〈地主・資本家階級〉となっていた。交換様式Cの浸透である。農民は領主・共同体による封建的拘束から〈自由〉になると同時に、土地および共有地からも〈自由(「を欠いた」という意味)〉になった。彼らはたんなる貧民ではなく、マルクスがいう「二重の意味で自由な賃労働者」、すなわち〈プロレタリア〉である。モア(16世紀)は、産業資本主義(18世紀)以前ではあるが、プロレタリアの問題に直面した。※第一に、奴隷ではなく、(労働力の所有者として)自由に契約できる主体ということ。第二に、生産手段をもたない──生産手段から自由な(*1)──主体ということ。生産手段の所有者である資本家階級と、生産手段をもたず、純粋な労働力しか売るべきものをもたない労働者階級が分化したとき、資本主義が始まる。(*1)この場合の自由とは〈free from(~から離れている)〉で、生産手段(土地)から引き離された=生産手段を所有しないという意味になる。※土地の争奪戦が始まる。資本主義は私有化・独占の歴史。
3羊と貨幣、p331 金に対する物神崇拝が成立したのは、一五世紀に世界市場が成立しそこで金を増殖させる活動、すなわち資本の蓄積が可能になったときだ。物神崇拝は重商主義というかたちをとった。(略)金を集めるには、戦争(略奪)か商売(輸出入差)である。p332 金(世界市場や世界貨幣)の存在が、国王(絶対王政)や地主階級を生み、彼らが〈囲い込み(独占・私有化)〉を行った。たとえば、イギリスはオランダに羊毛を輸出した。「羊」peku にあたる言葉はもともと貨幣を意味しており、それが動物の名につけられた(言語学者エミール・パンヴェニスト)。つまり、ある動物が貨幣として使われたために、それが羊と呼ばれるようになった。その意味で、モアが「羊」と呼んだものは、まさに貨幣本来の姿。拝金主義者は、金そのものに力があると考える。しかし、人を動かすのは、資本(自己増殖する貨幣)の活動である。ゆえにこう言える。資本は「以前は大変おとなしい、小食の動物だったが、この頃は、途方もない大食いで、そのうえ荒々しくなった」。
4共同所有、p333 モアのユートピアはアメリゴ・ヴェスプッチ『新世界』(一五〇三年)カナリア諸島からアメリカ大陸までの旅行記録に基づいている。モアは私有財産を持たない共同所有社会の実在しうることを確信。贈与-返礼という互酬性の原理が貫徹されている社会。p334~p335(※メモ) エラスムス『痴愚神礼賛』、モア(ヘンリー八世がカトリック教会の財産を奪おうとしたので反抗し、処刑。ルターを支持しなかった。カトリック教会には、実行されていないとはいえ、アウグスティヌス『神の国』に集約される教え〈共同所有〉があった)、ルター、ラテン語からギリシャ語の原典で聖書(やその他の書物)を読み、ルネサンスと宗教改革(一五一七)が起こった(エラスムスが生んだ卵をルターが孵した)、プラトン、アウグスティヌス『神の国』とモア『ユートピア』の〈ユートピア島・神の国(共同所有)とアコーラ島・地の国(私有財産)〉。p338 一四世紀イギリスでウィクリフの宗教改革(千年王国運動)聖書英語訳。大陸に伝わって、ボヘミア(チェコ)でフス派の運動、聖書チェコ語訳。その余波が、ドイツでルターの宗教改革、聖書ドイツ語訳。しかし、ウィクリフやフスの宗教改革をドイツで継承したのは、ルターではなく、トマス・ミュンツァーの農民戦争(千年王国運動)。もともとルターの影響下だったが、フス派の千年王国運動を知って、ルターから決別(神の国をあの世あるいは内面に見いだすか、この世の現実社会に見いだすかの違いp337 )。※千年王国運動…終末の日が近づき、キリストが直接地上を支配する千年王国(至福千年期)が間近になったと説く。千年王国に入るための条件である「悔い改め」を強調する。また、至福の1000年間の終わりには、サタンとの最終戦争を経て最後の審判が待っているとされる。千年王国に直接言及する聖書の箇所は、ヨハネの黙示録20章1節から7節。(Wikipedia )※大衆を中心に、この世に正義を実現することを求める宗教的世直し運動。 洋の東西、古代から現代まで問わず、世界各地で見られる。(歴ログ)
5「科学的社会主義」の終わり、6ザスリーチへの返事、7「一国」革命、8氏族社会における諸個人の自由、9私的所有と個人的所有。
第二章社会主義の科学2~エンゲルス再考、一八四八年革命挫折後の『ドイツ農民戦争』、原始キリスト教、共産主義を交換様式から見る。
第三章社会主義の科学3~カウツキーとブロッホ、ブロッホの「希望」とキルケゴールの「反復」、ベンヤミンの「神的暴力」、無意識と未意識、アルカイックな社会の〈高次元での回復〉、Dという問題、Aに依拠する対抗運動の限界、危機におけるD の到来。