20220619『激動日本左翼史1960-72』

『激動日本左翼史1960-72』2021.12.20発行 ※佐藤優と池上彰の対談。【序章 「60年代」前史】【第一章 60年安保と社会党・共産党の対立1960-65】p60 ※山村工作隊(さんそんこうさくたい)1950年代前半、ソ連共産党のスターリンと中国共産党の劉少奇の指導のもとに、日本国内の武装闘争を志向した日本共産党の非合法テロ組織。中核自衛隊(ちゅうかくじえいたい)1951年(昭和26年)に、ソ連共産党のスターリン・中国共産党の劉少奇らの日本国内の暴力革命の指示を受けて、日本共産党第5回全国協議会における「51年綱領」によって明記された暴力による革命を実現するための日本共産党軍事組織の名称。 p66 佐藤|私が問題にしているのは、この党の、こうした矛盾や詭弁を平気で口にできてしまう体質の部分。ある日状況が一変して、トップが「やはり武装だ」と方向転換すればあっさり武装する。※民主集中制(みんしゅしゅうちゅうせい、英語: democratic centralism)とは、「民主主義的中央集権主義」の略で、全共産党員は上級機関および指導者の決定を無条件に従う行動規範のこと。p101 佐藤|社会党が消滅して数十年… ※1996年1月の村山内閣総辞職後、同月社会民主党に改称し、3月には新党として第1回大会を開催、日本社会党の名称は消滅した。つまり消滅後26年。【第二章 学生運動の高揚1965-69】p127 佐藤|あのとき(1968.1東大闘争開始。医学部でインターンの無権利状態に反対)社青同協会派(※社会党)も全共闘(※p122に説明あり。新左翼)の側に加わり共産党・民青と対峙しました。だから同じ左翼でも、共産党とそれ以外の党派では全共闘の評価がまったく違う。共産党はとにかく全共闘のことをニセ左翼暴力集団、トロツキストと貶め、大学当局と手を握って彼らの排除に成功したと自慢している。p137 1968から1969春、全共闘結成(議長・秋田明大)、東大闘争・日大闘争、エンタープライズ佐世保入港阻止事件。※p104に年表。p153 佐藤|社会党員は、この頃すでに五万人くらいしかいなかった。対して共産党員は当時四十数万人、「赤旗」は多いときは四〇〇万部。だから社会党と総評は1965年に「反戦青年委員会」をつくり、そこに新左翼も受け入れて組織拡大を図ったが、結果的に第一章で述べた理由で新左翼が過激化する一因をつくった。共産党は反戦青年委員会から育っていた新左翼が内ゲバに走り、自滅していったことを根拠に、従来の「新左翼=ニセ左翼暴力集団」論を強めていった。社会党も、結果的に反戦青年委員会および新左翼運動全般に距離を置く。 【第三章 新左翼の理論家たち】※p160~164に、中核派や革マル派のリンチやテロの記述。現在では考えられない。1968~1975の頃。 p161 新左翼「フロント」は、共産党を離れたり人たちがつくった「構造改革諸派」の一つ。(略)アントニオ・グラムシの理論の実践を目指す党派の一つ。武力闘争は革命には必要ないというのが構造改革派の思想。p169 佐藤|1970.8.3「東京教育大生リンチ殺害事件」革マル派の活動家でもあった海老原俊夫君(当時二一歳)が中核派のリンチで殺された。p170 池上|この事件以後は内ゲバが殺し合いにエスカレート。p172 佐藤|革マルは恐ろしいセクトですが、一方で「こぶし書房」などを通じて、知識人の世界に未だに影響を与え続けているのも事実。そこは両面見ていきたい。池上|私も黒田寛一の『社会観の探求』(現代思潮社)は読んでいます。黒田の疎外論というか労働観には感心しました。 佐藤|ですから彼が指導した革マル派がどうなったかとは別に、思想家としての黒田に注目。一人一人が疎外されており、それに気づけていないことが問題。気づくのは、プロレタリアになり共産主義革命を実現する以外にない。そこで初めて階級による断絶を受けない、すべての人が手をつなぎ合えて、人間のあり方を回復できる。※再エネでAI働き人遊ぶ。p174 佐藤|1956秋、ハンガリー動乱。1961ソ連が大規模核実験。黒田はフルシチョフ体制以後のソ連が依然としてスターリニズムの政党であることを喝破すると同時に「社会主義ソ連の核実験」という事実を前にして思考停止に陥る日本の既存左翼もまたその同類に過ぎないと切り捨てた。そのうえで自分たち革共同は、共産党とも社会党とも違う独自の運動をつくると宣言。p176 佐藤|黒田は1959にスパイの疑いで革共同を除名され、本多延嘉や松崎明(国鉄労組)らと革共同全国委を結成。1963黒田がさらに本多と対立し、革マル派(松崎はナンバーツー)を結成。p178 池上|動労は1987の国鉄分割民営化に際し、民営化に反対していた国労とは違い、当時の中曽根康弘政権と国鉄経営陣に協力し、他の少数組合を糾合して「JR総連」に。p180 佐藤|私達がいま敢えて左翼史の対談をしている理由の一つは「影響を受けることで自分の命を投げ出してもかまわない、いざとなれば殺人もやると人に決意させてしまう。それほどの力をもつ思想というものが現実に存在することを知ってもらいたい」からです。(略)世の中を良くしたい真剣に考えた人たちが生み出した思想が「どういう回路を通ることで殺人を政党化する思想に変わってしまうかを示したい」のです。※p14-15新左翼系図では四つの潮流。〈一〉日本トロツキスト聯盟1957.1 黒田寛一? 〈二〉ブント1958.12(同盟)姫岡玲治(青木昌彦) 〈三〉社青同解放派 ローザルクセンブルク。レーニン批判。社会党から派生・独立。 〈四〉構造改革諸派 p209 佐藤|左翼は始まりは知的だが、途中で思考停止する仕組みが内包されている。リベラルではなく左翼の思想のどこかにあるはず。 池上|リベラルと左翼はまったく違うもので、リベラルはむしろ資本主義の思想。※金儲けの自由? 佐藤|だから共産主義なる理論がどういう理論で、それはどういう回路で自己絶対化を遂げるのか、そして自己絶対化を克服する原理は共産主義自身の中にはない。これは、今のリベラルも絶対に知っておかねばならない。私の考えでは、その核心部分は左翼が理性で世の中を組み立てられると思っているところ。理想だけでは世の中は動かないし、理屈だけで割り切れない。人間には理屈で割り切れないドロドロした部分が絶対にあるのに、それらをすべて捨象しても社会は構築できると考えてしまうこと、そしてその不完全さを自覚できないことが左翼の弱さの根本部分だと思う。【第四章 過激化する新左翼1970~】p245 日本人を「総ノンポリ化」した新左翼運動 佐藤|哲学・思想面では優れたものがあったが、政治的には無意味。相互に殺し合うような異議申し立て運動は繰り返してはいけない。 池上|後世に残したものがない。1968年に起きたパリの五月革命は、それをきっかけに劇的に男女平等の意識が高まった。 佐藤|日本の新左翼運動が残したのは島耕作型サラリーマンを大量生産したことかも。個としての自立にこだわるが、目の前の利益にだけ執着する。島耕作は派閥に属さず、仕事は出来、出世のチャンスは逃さず。新左翼は仲間に裏切られ頼れるのは自分だけという経験。p248 もうひとつは「最後に信用できるのは家族だけ」とする生活保守主義。政治など社会問題を自分の問題と捉えない。「政治や社会」と「生活」を切り離すという新自由主義を、新左翼運動は生み出した。 池上|若い人の政治参加は危険として、日本人を「総ノンポリ化」した。我が子を大学に行かせる親は「学生運動はやるな」「政治に関わるな」と願う。 佐藤|日本で間接民主主義の価値があまり高まらないのは、新左翼が「我々の代表を送り出すなんてブルジョアジー体制を強化するものでナンセンス」という理由で議会を否定した影響も。選挙は悪い政治家を排除するための消極的な位置づけに。p253 佐藤|左翼(の教授)がかつて与えられていた権威は全共闘以降、モラルの面でも完全に失われた。 池上|丸山眞男なんて、60年安保までは戦後民主主義のリーダーとして学生が尊敬。60年代末には全共闘の学生から「戦後民主主義の欺瞞」のシンボルとして攻撃された。心労で東大早期退官。70年代以降は教養に対する敬意が急激に壊れていった。 佐藤|そのあとは全共闘の中にあったゴロツキ文化だけが発展。現場にはイビりとサボり。70年代は一言で言うと左翼の堕落の時代。p254 佐藤|新左翼運動は「ロマン主義」の一言。 池上|ゆえにますます現実から遊離。 佐藤|社会の矛盾を正したい一心で自分の人生全部を棒に振る覚悟でロマンを追求した。人間の解放を本気で目指していた。「自分一人の成功だけで満足できる二一世紀型のエリート」ではなかった。そこは評価。 池上|ノブレス・オブリージュ。p260 池上|閉ざされた空間、人間関係の中で同じ理論集団が議論していれば、より過激なことを言うやつが勝つに決まっている。 佐藤|殺し合いに突入したのは、戦前共産党による社民主要打撃論が原因。革命を成就させるには自分たち「真の革命勢力」の周辺にいる(※社民)、革命を装っている連中を殲滅して、革命の隊列を一本化せねばと考えた戦前の日本共産党の理論と体質。これを新左翼が断ち切ろうとせず、無自覚に継承してしまったことによる過ちです。ですから内ゲバの入り口となってしまう社民主要打撃論を学び、そのうえでこれを克服することは、現代でも社会変革を目指す人にとっては重要。必要なことの一つは、組織内部に「ダラ幹(堕落した幹部)」を作っておき、その(※ダラ幹の?)現実主義を認めることです。ロマン主義はダラ幹の存在を認めず、その運動は壁にぶつかって潰れます。換言すれば「官僚化する」ということ。現代の政治は官僚化しないとできないものなのです。※どうしたって不純物は混ざるってことか。 

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