20220529『外交敗戦』

『外交敗戦』2006年発行 p3 湾岸戦争 日本外交の転換点 ※湾岸戦争は、1990年8月2日のイラクによるクウェート侵攻をきっかけに、国際連合が多国籍軍(連合軍)の派遣を決定し、1991年1月17日にイラクを空爆して始まった戦争。1991年2月28日、クウェート解放による終結。 p3 なぜ国際社会からあれほど蔑まれたのか。 p4 湾岸戦争に際して日本の知識人の多くは、自衛隊の海外派兵反対。私は、独立国クウェートの主権を踏みにじった不正義を見て、何もしないなら、日本は国際社会から蔑まれると指摘した。その蔑みこそが、不健全で危険なナショナリズムの芽を育てる。しかし当時の外務次官すら、自衛隊海外派兵は、日本の軍事大国化を招くと論じた。同じひとがいま、自衛隊のより積極的な活用を主張する。それによって湾岸戦争時の自分の足跡を消そうとしているようだ。p5 日本が日米安全保障の盟約に身を委ねたまま、国際社会の秩序を担う志をいつしか摩滅させ、憲法を〈何事かを回避する盾〉にしてしまったのではないか。p13  1991年1月、湾岸戦争。p25 ※瀬島 龍三は、日本の陸軍軍人、実業家。陸士44期次席・陸大51期首席。太平洋戦争のほとんどの期間を参謀本部部員として務めた。最終階級は中佐。戦後はソビエト連邦のスパイとして密かに動いたほか、伊藤忠商事会長、中曽根康弘元首相の顧問など多くの職に就任し、「昭和の参謀」と呼ばれた。 p26 (※90年11月)ホワイトハウス「シチュエーションルーム」で重要戦略会議。ブッシュ大統領、ジェームズ・ベーカー国務長官、ディック・チェイニー国防長官、ブレント・スコウクロフト国家安全保障担当大統領補佐官、コーリン・パウエル統合参謀本部議長。サウジアラビアから帰国したばかりのパウエルが、10月21日に砂漠の前線でノーマン・シュワルツコフ司令官との協議を報告。p27 シュワルツコフは、アメリカがサウジ防衛から一歩進んでクウェートからイラク軍を駆逐する体制を整えたいなら、ヨーロッパの心臓部に展開している精鋭部隊である第七軍団を寄越せ、ブッシュ大統領に要求。東西冷戦終結後とはいえ、第七軍団を湾岸に転戦させるには、水面下でゴルバチョフ大統領と不戦の約束をする外交交渉が必要。p28 これを呑めば、気の遠くなるような費用がかかる。ブッシュ大統領は承認。※反対意見はなかった。 p32 ※デジタル大辞泉「シチュエーションルーム」の解説《英語では「Sit Room」ともいう》米国のホワイトハウス西棟の地下にある状況分析室。 約30名の職員が24時間体制で国内外の情勢を監視。 国家安全保障会議(NSC)・国家安全保障担当補佐官・大統領に最新情報を提供し、緊急事態への対応を支援する。p33 当時の日本の首相は海部俊樹。 p72 バンダル王子(サウジアラビア大使)「国際世論を味方につけずに勝利した者はいない」 

※ロシアはなぜ侵攻したのか? ウクライナ危機の背景(2022/3/23)
https://www.asahi.com/articles/ASQ3Q7XHRQ3LUHBI03X.html
2022.2.24ロシアがウクライナに攻め込む。ウクライナのゼレンスキー政権は親欧米で、NATOへの加盟を目指している。ロシアにとって、これはがまんがならない。

 p72(米国ジェームズ・ベーカー国務長官(ホワイトハウスの集票マシーン)は、ソ連シェワルナゼ外相(グルジアの仕事師)に対して) 決議案には、武力行使を明示的に示す文言を盛り込まず、「あらゆる必要な手段」という表現の中に武力行使を容認する意図を籠めることで、米ソ超大国は手を握った。 p77 ジェームズ・ベーカー国務長官が親友ジョージ・ブッシュを副大統領から、大統領にまで仕立てた。八〇年のアメリカ大統領選挙戦で、ブッシュは共和党大統領候補の座をロナルド・レーガンと争った。(略) p81  八八年の大統領選挙を前に、共和党大物たちは、財務長官だったベーカーに「ホワイトハウスを狙ってみないか」ともちかけた。政治家の資質にかけては、ベーカーがブッシュを凌いでいることを彼らは知っていた。※結論から言えばブッシュ当選。 ※近年の歴代大統領…フォード共和党1974-77~カーター民主党1977-81~レーガン共和党1981-89~ブッシュ共和党1989-93~クリントン民主党1993-2001~ブッシュjr共和党2001-09~オバマ民主党2009-17~トランプ共和党2017-21~バイデン民主党2021- p413 同盟は苛烈だ。米国を支持せざるを得ない。常にイエス。それだけならバカでもつとまるが、外に向かっては、米国に諫言し、時には米国の要求を拒んでいるように振る舞わねばならない。それのみが、国民の屈辱感をいささか払拭しうる。そして同盟は生き延びる。同盟は脆いものなのだ。 p415 経済大国日本を襲った湾岸危機は、次期支援戦闘機FSXの共同開発で明らかになりつつあった日米のヒビ割れを表面化させた。同盟の危機を把握すべき戦略指導部が日本には欠落していた。ゆえに、嵐に飛び込むことも、嵐の圏外に身を置く決断もできず、日米同盟は迷走した。 p418 『新潮45』で93年1月から3ヵ月にわたって、90億ドルの拠出を決めた橋本龍太郎・ブレイディ会談の検証を中心に連載した。p420 イラク機飛来事件。※詳細を機会があれば勉強すべし。 p423 イランへのイラク機亡命事件。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中