20220225『希望の歴史 下』ルトガー・ブレグマン

フィリップ・ジンバルドによるスタンフォード監獄「実験」や、スタンレー・ミルグラムの電気ショック実験、メディアによるキティ・ジェノヴィーズの死、ウィリアム・ゴールディング『蝿の王』。これらはトマス・ホッブズが300年前に言ったように、悪は全ての人間のすぐ内側でくすぶっている(ベニヤ説)と考えられてきた。しかしそれらは完全な間違いだとわかった。 関係者のほとんどは、ただ人助けしたかっただけのように見える。そうでない人がいるとすれば、それは科学者や編集長や、知事や刑務所長といった責任者だ。彼らは嘘をつき、捜査した、怪物だった。これらの権力者は、全力を尽くして、人々を互いと敵対させた。人はなぜ邪悪なことをするのか? フレンドリーな二足歩行のホモ・パピーはどうして、監獄やガス室を作る唯一の種になったのか。第3章の「子犬の専門家」ブライアン・ヘア「わたしたちを最も親切な種にしているメカニズムは、同時にわたしたちを地球上で最も残酷な種にしている」p14 ヘアの観察は、人間の歴史の最後の五パーセント、つまり定住生活を始めてからの人間には当てはまるのではないか。戦争の考古学的証拠が、およそ一万年前にいきなり出現し、それが私有財産と農耕の始まりと同じ時期なのは、偶然のはずがない。もしかしたらこの時点で、人間は心と体にそぐわない生活へと進み始めたのではないか。ミスマッチ。現代人は肥満になっても、なぜ、食べ続けるのか。答えは簡単だ。DNAが、わたしたちは今なお密林を走り回っていると思っているからだ。旧石器時代には機会があればいつでも腹いっぱいに食べることが理にかなっていた。それはめったにない幸運で、体脂肪を余分に蓄えるのは自衛戦略だった。現代では自己破壊的だ。このようなミスマッチが、現代のホモ・パピーの極めて残忍な行為を説明するのか。わたしたちの本質には、現代の「文明化した」生活と合わない面があるのか。何千年もの間、わたしたちを悩ませなかったのに、この一万年で表面化した何らかの欠陥があるはずだ。この先の3つの章で探求するのはこの疑問だ。そして究極の問題は、「人々がミスマッチを認識し、人間性について新しい現実的な見方をするようになったら、どんな社会を築けるか」である。 ※〈国〉ができたから、敵味方ができてしまった、とか。 p25 幼児と道徳観(ベビーラボの実験)2007年にイェール大学・乳児知覚センター(別名ベビーラボ)の研究者カイリー・ハムリンは「幼児が生来、道徳心を備えている」ことを実証した。p26 六カ月児と十カ月児に人形劇を見せたら、「ほぼすべての乳児が、親切な人形に手を伸ばした」。しかし、そうそう楽観はできない。グラハムクラッカーとインゲン豆の好きな人形を乳児に選ばせた。 p27 ハムリンの同僚は言う。「何度も目の当たりにしたのは、乳児は、親切だが、自分と好みが違う人形より、意地悪でも自分と同じ好みの人形を選ぶこと」。人間はしゃべれないうちから、馴染みのないものを嫌うらしい。p40 マキャベリ『君主論』権力を得たければ、つかみとらなければならない。図太くなれ。原則やモラルに縛られる必要はない。目的が手段を正当化する。気をつけなければ、他人がやすやすとあなたを踏みつぶす。※人間不信の塊になっちまうな。権力者とは友達になれるわけがない道理だな。 p42 カリフォルニア大学の社会心理学者ダッカー・ケルトナーは、応用マキャベリズムの第一人者。マキャベリ『君主論』の指示通りに振る舞う人はキャンプからたちまち追い出されることに、彼は気づいた。旧石器時代と同じく、こうした小社会は傲慢さを許さない。人々は傲慢な人を変わり者と見なして締め出す。その社会で権力を手にするのは〈最も親切で共感力がある人〉だ。最も友好的な人が生き残る。そしてこの話には続きがある。p43 被験者三人グループで任意の一人をリーダーに。五枚のクッキー。どのグループも五枚目は皿に残した。マナーの黄金律。しかし四枚目のクッキーはほぼすべてのグループでリーダーが食べた。※自分がエラいと勘違いするんだな。 p43 近年、数十件もの同様の研究が世界中で発表されている。高級車の心理的影響。p44 車が高価になればなるほど、運転マナーは乱暴になった。※難しいと言われる本を読めば読むほど傲慢になる? 笑 p44 権力を握る人々は、衝動的で自己中心的で落ち着きがなく、横柄で無礼。浮気する可能性が高く、他人にもその気持ちにも余り関心がない。加えて彼らは厚かましく、往々にして赤面しない。権力は麻酔のように、人を他者に対して鈍感にする。2014年、アメリカで実験してわかったのは、「権力は(脳の)ミラーリングを混乱させる」。p45 他者を否定的に見る。「ほとんどの人は怠け者で信用できない」。権力を持たない人には逆の影響が。自己の過小評価。これは権力者に好都合。自己を信じられない人は、権力に刃向かおうとしないから。ノセボ効果。人々を愚か者のように扱えば、彼らは自分は愚かだと感じるようになり、一方、権力者は、大衆は愚かで考えることができないので、わたしがビジョンや洞察をもって彼らを支配しなければならないと理由をつける。権力者は共感する必要がない。自らの行動を正当化する必要性が低いので、自ずと視野は狭くなる。 p46 権力が神を生んだ ※自己正当化のために? 笑 p62 人間は善(ルソー)か、悪(ホッブズ)か。p63 答えには二面性。ホモ・パピーが矛盾した生き物だから。まず動物界で最も友好的な種の一つ。過去の大半の期間、ヒトは王も貴族も大統領もCEOもいない平等主義の世界で暮らした。個人が権力の座についても、彼らはすぐに失脚(11章)。一万年前に問題発生。定住・私有財産が、集団本能を有害に変えた。農民と戦士、都市と国家の世界で、ヒトは他者への共感と外国人恐怖症の板挟みに。自らの集団への帰属意識を優先し、アウトサイダー排斥。リーダーの命に背くのは困難。p64 イスラエル人とローマ人、フン族とバンダル族、カトリックとプロテスタント、大虐殺。メカニズムは同じ。仲間意識に駆り立てられ、冷血なリーダーに煽動され、互いに残忍の極致を。文明化の呪い。17世紀「啓蒙主義」。唯一信頼したのは、理性。貪欲さを肯定。「私悪すなわち公益」アダムスミスが喧伝。p66 利己心を解放せよ、と近代経済学者は主張。富への欲望は、全世界の人々を一つにまとめた。啓蒙思想家は同じ原理で現代民主主義を補強。合衆国憲法は、利己心は抑制されなければならない、とする。そのため誰もが他人を監視する「抑制と均衡」を設定。一方、現代的な法の支配も誕生。p67 デンマークやスウェーデンのような国には無神論者が多い。法による支配が堅牢で、官僚機構は信用できる。※そうなのか? p67 宗教は廃れた。官僚制度が神の職を奪った。理性の時代から数世紀、啓蒙主義は人類の勝利。資本主義、民主主義、法による支配をもたらした。統計の数字は明らかだ。ヒトの生活は飛躍的に向上し、世界はかつてないほど豊かで、安全になり、人々は健康的になった。(注7)信じないなら、以下の本が考えを正してくれるだろう。Hans Rosling 「Factfulness. Ten Reasons We’re Wrong About the World – and Why Things Are Better Than You Think (New York, 2018)」FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ほんの200年前は、どこの国でも、わずかなエリート層をのぞくと、ヒトは極度に貧しかった。いまは世界人口の10%以下だ。また感染症の大半を克服。この数十年で、子どもの死亡、飢餓、殺人、戦死者の割合はみごとなまでに急落。(注8)前著『隷属なき道』第1章を参照。 p68 見知らぬ他人を信用しない私達が、どうすればその他人と調和して生きられるのか。どうすれば、一万年、私達を苦しめてきた文明化、疾病、奴隷制度、抑圧の呪縛から逃れられるのか。啓蒙主義は最善の答えだった。これまでのところ。p70 啓蒙主義(理性重視の現代社会)は、「人間の本性は利己的だ」という間違ったモデルに基づいて活動しているのか? ノセボなのか? これまでとは異なる制度設計はできるか? 学校や企業、都市や国家が、悪い(利己的)人間ではなくて、善良な人間を想定したらどうなるのか? これが本書の残りの焦点だ。p72 あらたなリアリズムp74 「信じたいと思うものに惹かれることなく、事実だけを見なさい」というラッセルの言葉にわたしは大いに影響された。自らの神への信仰に疑問を持ち始めた頃のことだった。牧師の息子でキリスト者学生会のメンバーなので、その疑念に背を向けがちだった。自分は何を望んでいるか。死後の世界の存在。そこでは世界の誤りのすべてが正され、わたしたちはこの地球に孤立する存在ではなくなるから。本書は、ラッセルの警告に従えたか。真実に近づきたければ、断定を避け、一歩進むごとに自問を。「The Will to Doubt 疑う意思」ラッセルはこのアプローチをそう呼んだ。その言葉はアメリカ人哲学者ウィリアム・ジェイムズ(1842-1910)への反意を示すためだった。ウィリアム・ジェイムズはセオドアルーズベルト、ガートルードスタイン(アメリカ合衆国の著作家、詩人、美術収集家。)、ウィリアム・エドワード・バーグハード・デュボイス(アメリカの社会学者、社会主義者、歴史学者、公民権運動家、パン・アフリカ主義者、作家、編集者)はじめ、多くのアメリカの指導者のメンター(指導者、助言者)だった。ラッセルはジェイムズの思想には魅了されなかった。疑う意思ではなく「The Will to Believe 信じる意思」で、真実だと証明できなくても信じるしかないものがある、と公言した。p76 ラッセルはこの種の盲信を好まなかった。私の座右の銘になった。疑うことは本当に良いことなのか、と疑い始めるまで。p76 ピグマリオン効果 P77 1967年、ハーバードの心理学者ロバート・ローゼンタール「期待されたラットが利口になるなら、教師から期待された子どもが利口になると考えるのは、飛躍のしすぎではない」p78 ローゼンタールは自分の発見を「ピグマリオン効果」と。キプロス島の王ひが、自分が作った彫刻の女性にあまりにも夢中になったため、神がその彫刻に命を吹き込んだ。p79 ピグマリオン効果は活用されていない。ポジティブな期待が現実になるように悪夢も現実になる可能性がある。ゴーレム効果。ユダヤ教の伝説。プラバスタチンの市民を守るはずが夜な夜な町を破壊した怪物。 p90 テイラー主義に対する最初の異議は、1969年の夏、エドワード・デシによって。人間は怠惰で、報酬の約束か、罰への恐怖でしか行動しないという学説は現実に合わないと感じていた。登山(辛い!)、ボランティア活動(無料!)、子どもを持つ(激務!)。一円の得にもならないことをなぜ? p101 ビュートゾルフやFAVIのような企業は、ヒトの本性についてのネガティブな見方をポジティブに変えるとすべてが変わる、という確かな証拠だ。※無視できない例ではある。 アメリカの心理学者エドワード・デシは、問うべきは、どうやって他者をやる気にさせるかではなく、どうすれば、人が自らやる気になる社会をつくることができるか、だと考えた。保守的でも急進的でもなく、資本主義でも共産主義でもない。あらたなリアリズムを語っている。「そうしたいからする」人々ほど強力なものはない。 p103 第14章 ホモ・ルーデンス p104 1971年には、英国の7歳と8歳の子どもの80パーセントは、自分で歩いて学校に通っていた。現在、そうしているのは、わずか10パーセントだ。10カ国の12,000人の親を対象とする最近の世論調査から、大半の子どもは、屋外で過ごす時間が受刑者より短いことがわかった。ミシガン大学の研究者によると、1981年から1997年までの間に子どもが学校で過ごす時間は18パーセント増えた。宿題に費やす時間は145パーセント増えた。子どもたちは、自分の人生は他者によって決められる、と感じるようになってきている。 p105 最も大きな変化は、親が子どもと一緒に過ごす時間が長くなったこと。(略)教育政策立案者(※文科省?)がランキングと習熟度を重視するようになると、親や学校は、テストとその結果を大いに気にするようになった。(略)近年行われた一万人のアメリカの学生を対象とする調査によると、その80%が、「自分の親は思いやりや優しさより良い成績に関心がある」と答えた。同時に、大切なものが失われつつあるという感覚が広まっている。自発性や遊び心だ。p106 遊びは規則に縛られず、自由だ。遊びとは、子どもが自らゲームを考え出すことだ。※どうしたらゴールにたどり着けるのか、とか? 遊びは、退屈に対する救済策。退屈は創造性の源。生物学者「遊びは人間の本性に根差している」。アラスカのカラスは雪に覆われた屋根を滑り降りる。オーストラリアでは、クロコダイルが波乗りする。p107 遊びは人生に意味を与える(オランダの歴史学者ヨハン・ホイジンガ 1938年)。ホイジンガは、人間を〈ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)〉と名付けた。「文化は遊びから生まれた」。人類史の大半、子どもは好きなだけ遊べた。狩猟採集民は子どもの成長を大人がコントロールできると思っていないから、子どもは終日遊べた。狩猟採集民の社会では、学校に行かなくても、遊びが学習だ。昆虫を捕まえたり、弓矢を作ったり、動物の鳴き声を真似したり。ジャングルで生きるためには、動植物の多くの知識が必要。p108 一緒に遊ぶことで協力を学ぶ。男子も女子も全ての年齢層が。競争する遊びは見られない。子どもの遊びは、常に参加者に譲り合いを求める。つまらないと思ったら、いつでもやめられるし、そうなるとその遊びは誰にとっても終わりになる。p108 教育システムの出現 定住農耕社会は、遊びの文化を根本的に変えた。文明の始まりは、退屈な農業労働という苦役と、トマトと同じく子どもも育てる必要があるという考え方を生んだ。文明を身につけさせねばならず、強硬手段が必要。18世紀の英国の聖職者ジョン・ウェスレーの学校規則「遊びの時間は認めない。子どものころに遊んだ人間は大人になっても遊ぶから」。※フランス革命のころ。 p109 19世紀、宗教教育は国の教育制度に代わった。フランス、イタリア、ドイツが地図上に描かれると、フランス人、イタリア人、ドイツ人を作る必要があったのだ。産業革命は製造業の労働の大半を機械化し、それは教育の目的を変えた。子どもは、大人になったときに、経済的に自立するために、読み書きや設計や組織運営を学ぶようになった。※現代の教育制度。 19世紀後半(略)p109 1980年代以降、個人主義と成果主義が流行。家族は少人数に。親は将来子どもが成功するかを心配。p110 遊び好きの子どもは病院に。この数十年でADHD急増。ある精神科医「ADHDは、夏休み中は問題なく見え、学校が始まるとリタリンを服用する子どもが出てくる」。学校は19世紀は刑務所のようだったが、今は違う。行儀の悪い子どもは叩かれるのではなく、薬を飲まされる。学校は価値観を叩き込むようなことはしない。教育は耐えるものになった。成果主義社会のルールが染みついた世代が倦まれつつある。出世競争を走ることを学び、勝敗基準は、履歴書と給与だ。彼らは、あえてルールを破ろうとはせず、夢も見ず、冒険もしない。(※かつての意味での)遊び方を忘れた世代である。 p110 ルールや安全規則のない公園 p111 デンマーク、1943年、エムドロプ式公園(壊れた車や薪や古タイヤで満たした75,000平方メートルの空間)p112 英国の造園家アレン・オブ・ハートウッド卿夫人「精神が折れるより骨が折れた方がいい」と、廃品主義を広めた。(略)子どものけがは、ほぼなかった。p113 安全規制の急増で、1980年代から減少。最近、関心が復活。科学は、型にはまらない冒険的な遊び場は子どもの心身に良いという証拠を山ほど提供しているから。 p113 クラス分け、教室、宿題、成績のない学校 数年前に、芸術家で校長でもあるシェフ・ドラムメンにアイデア「子どもが遊びを通して学ぶのであれば、教育をそれに合わせればいいのではないか?」。彼は遊び心を忘れず、ルールや権威を嫌悪。オランダ南西部ルールモントで校名「アゴラ」。宿題も成績もない。教頭やチームリーダーという階層もない。あるのは、自律的な教師(コーチと呼ばれ、生徒が務める)のチームだけだ。子どもたちが校長室で集会を開くので、校長は頻繁にそこから追い出される。はじまりは2014年。隔壁を取り壊した。あらゆるレベルの子どもたちを一緒にした。(現実がそうなっているから)それぞれの子どもたちは自分で学習計画を立てなければならなかった。結果は? ※後日 p119 コーチの力を借りて、個人的な目標を設定する。p120 教育の目的は何か。私達は、良い成績と高い給与にこだわりすぎていないか。※急にはアゴラ式にできない。バランスを取る必要がある。大学から企業へ。企業規模と給与・休暇日数は基本的には比例する。仕事と余暇の両方が満足できればベスト。p121 「学校とは、社会は今のままでいい、とあなたに信じさせる広告代理店だ」と数十年前に哲学者イヴァン・イリイチは言った。 p123 第15章 民主主義はこんなふうに見える 1 当選したら権力を住民に譲り渡す ベネズエラ西部の自治体トレスは人口20万弱。p124 トレスの長の投票日は2004.10.31、フリオ・チャベスは僅差で勝ち、約束を守った。トレスの予算700万ドルの使い道は市民に託された。p126 今日に至るまで、トレスは世界最大の市民参加型予算を持つ自治体の一つ。毎年早い時期に560カ所で集会。15,000人が意見を。人々は協力して、数百万ドルの税収をどこに割り当てるかを決める。ある住民「以前は役人がエアコンのきいたオフィスで決断していた。私達の地域に来なかった役人と私達とでは、地域に何が必要かについて、どちらの判断がよいと思う?」 p127 2016年には、ニューヨーク市からセビリアまで、ハンブルクからメキシコシティまで、1500超の都市が、何らかの形で参加型の予算編成を行った。p132 2014年、アメリカの研究チームが、ブラジルにおける市民参加型予算の研究成果を発表。※結果は肯定的。 p133 なんでもそうだが、欠点はある。ポルトアレグレの予算は、2004年に保守連合がブラジルの政権を握ったときに削減された。この慣例が生き残るかどうか、今のところわからない。 p134 〈3 コモンズ(共有財産)〉ソ連、中国、カンボジアの共産主義は、無秩序、貧困、大虐殺をもたらした。しかし人類学者が「日常の共産主義」と呼ぶものは、数百年にわたって成功してきた。食卓で塩を取ってあげる。公園や広場や音楽や物語、砂浜や別途の共有。気前の良さの最たる例は家庭。親は所有物を子どもと共有し、可能な限り子どもに貢献する。見知らぬ人なら? 道を尋ねた人におカネを請求するか? しない。代金を期待してではなく、それが礼儀であり、他の人も自分にそうしてくれると思っているから。私達の暮らしはこれらの共産主義的行為に満ちている。p137 空気を貸し出したり、砂浜を所有したり、おとぎ話の著作権を主張したりするとき、それらは誰かのものになる。そうなるとあなたは思う。p138 ちょっと待って、これは皆のものではなかったか、と。(略)一万年前からコモンズ(共有財産)の大部分が最初の王に奪い取られた。今日では多国籍企業が、水源から救命薬、新しい科学知識から誰もが歌う曲まで、あらゆるコモンズを独占している。『ハッピーバースデイ』は2015年までワーナーミュージックが著作権所有して、数千万ドル得ていた。スプレーで落書きしたら破壊行為だが、広告看板なら公共の場を汚すことが許され、経済学者は〈成長〉と呼ぶ。p139 アメリカの生物学者ギャレット・ハーディンは1968年に「共有地での自由は全ての人に破壊をもたらす」「エチオピアに食糧援助すべきでない。すると子どもが増えて、さらに食糧不足になる」と述べた。人口過多を悲劇とし、生殖の制限を解決策とした。p140 コモンズは破滅の運命で、人類の生存には、国家の見える手(クレムリン)か、市場の見えざる手(ウォール街)だけが選択肢とした。1989年にベルリンの壁が崩壊すると選択肢は1つだけ、資本主義になり、私達はホモ・エコノミクスになった。政治経済学者エリノア・オストロムは影響されなかった。人間は話し合うことができる。普通の人々は、イースター島の住民や、市民参加型の予算を組む人々のように、コモンズを管理できる。オストロムは、機能しているコモンズの例(スイスの共有放牧地、日本の耕作地、フィリピンの共同灌漑、ネパールの貯水池など)を5000以上集めた。ハーディンの主張する悲劇は起きていなかった。共有財産が犠牲になることは避けられないことではない。1973年、オストロムはインディアナ大学にワークショップを開き、世界中の学者を招いてコモンズを研究した。p142 そして、2009年、エリノア・オストロムは女性として初めてノーベル経済学賞を受賞。1989ベルリンの壁崩壊と、2008リーマンショックの後、ついにコモンズ(国家でも市場でもない道)にスポットライトが当たった。p142 コモンズの復活。11~13世紀のヨーロッパ、集団が管理する牧草地が増え、水道委員会やギルドやグループホームも現れた。しかし18世紀の啓蒙時代の経済学者は、集団が管理する農地は、生産能力を十分に発揮できていないと考え、政府に〈囲い〉を作るよう助言した。共有農地を裕福な地主達が分割して所有し、その管理下で生産力を上げようとした。p143  18世紀の資本主義発展、農場にいた農民を工場へと導いたのは、市場の見えざる手ではなく、国家の無慈悲な手であった。19世紀末にようやく、市民や労働者の組合が生まれ、20世紀の社会的セーフティーネットシステムの基盤が築かれた。今再び同じ静かな革命が起きようとしている。2008年の金融危機以来、介護の協同組合、病欠のための基金、エネルギー協同組合といった率先が急増している。※報道されないが実態は? p143 歴史学者ティーネ・デ・モーアは指摘する。「歴史が語るのは、人間は基本的に助け合う生き物、ホモ・コーペランスだということ。資本主義発展の後、私達は、長期的な協力を前提とする制度を作ってきた」。p144 (※今の人間に対する)見方は完全に逆だ。人間は、連帯を好み、一方、市場(※資本主義)は上から押しつけられる。しかし良い市場が少ないということではない。過去200年の資本主義発展が、大いに繁栄をもたらしたことは確かだ。デ・モーアは「制度的多様性。資本主義が良い場合もあるが、それを支えるのは、協力的な市民による共同体だ」と言う。今はまだ、コモンズの未来は不確かだ。激しい対立。一方には、世界は一つの共同体になると考える人々。楽観主義者でポスト資本主義者と呼ばれる。p145 もう一方には悲観主義者がいて、シリコンバレーやウォール街によるコモンズへの略奪と、不平等の拡大を予測する。私はエリノア・オストロムが正しいと思う。楽観主義者でも悲観主義者でもなく、可能主義者で、別の道があると言う。自分の目で現実を見てきたから。〈6 アラスカで行われた永久基金配当金〉新しいモデルは身近にあった。アラスカ州だ。1960年代後半、知事ジェイ・ハモンドは見つかった油田の収益をアラスカ永久基金(PFD)として1976年に設立した。p146 ほとんどのアラスカ人は配当金を教育や子育てに使った。p147 この共有財産哲学を世界に適用したら? 地下水、天然ガス、納税者のお金によって可能になった特許(※大学の学者による特許)。コモンズの一部が私有化されたり、地球が汚染されたり、二酸化炭素が排出されたりしたら、私達は地球コミュニティのメンバーとして、補償されるべきではないのか。信頼と帰属意識を前提とするこのような基金による配当金は、個人に選択の自由を与える。住民のためのベンチャーキャピタルだ。PFDは、左派と右派の古い対立を超えている。誰もが分かち合う新しい世界へと向かう独自の道だ。p153 第16章 テロリストとお茶を飲む 〈1 リゾートみたいな刑務所〉 ノルウェーのハルデン刑務所の受刑者は個室を持ち、床暖房付きで、フラットスクリーンのテレビや、専用の浴室、キッチンがある。図書館、フリークライミング、音楽スタジオ。レコーディングもできる。アルバムのレーベルは〈クリミナルレコード(前科)〉。現在までにさんにんのじゅけいしゃがオーディション番組「ノルウェーアイドル」に出場。史上初の刑務所ミュージカルも進行中。ハルデンはノルウェーでセキュリティが厳重で、麻薬の売人、性犯罪者、殺人犯を約250人収容。国内で二番目に大きい刑務所。バストイ刑務所の看守は制服を着ず、受刑者と同じテーブルに座って食事している。(略)※珍しいね。 p178 第17章 憎しみ、不正、偏見を防ぐ最善策 p198 第18章 兵士が塹壕から出るとき  

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