20211119 今日の本 図書館より

(1)『シャドウ・ドクター』鈴峯紅也 2018年11月15日 p22 チヨダ→ゼロ→オズ(警察庁警備局警備企画課に属する作業班)※警察小説によく出てくる。p111 対ソ連(※現ロシア)、対共産主義諸外国の情報が取れる新潟(略) p122 ※ここからカンボジアの歴史。後日まとめたい。 カンボジアに生まれたクメール人。東洋のパリ、プノンペン。メ(母)コン(水)川(カンボジア語)。 p123 1953.11.9カンボジアのシアヌーク国王は、国際外交で、フランスから独立、新生「カンボジア王国」。隣国ベトナム、タイ、ラオスでは独立後も内戦が長期化。※タイはずっと独立していたはずでは? p124 独立後約一年半で、シアヌーク(愛称サムデク)は王位を父に譲り、選挙によって、首相兼外務大臣に。1960年、父王崩御後は、王の座を空位とし、国家元首に。隣国ベトナムは米ソの代理戦争。カンボジアは、この頃穏やか。サムデクが『クメール・ルージュ(赤いクメール)』と呼んだカンボジア共産党の、正確には内部ポル・ポト派との衝突はしばしばあったが、大きな紛争は皆無だった。※どの程度史実なのか? p126 ※1970年、クーデターによってカンボジアに親米右派政権を樹立したが、内戦は収束せず75年にポル=ポト派らによって倒された。 1970.3 シアヌークはベトナム戦争終結後のカンボジアの安全保障のため外遊に。※ベトナム戦争終結はたしか1975年。未来のために動く。ま、当然だな。 p127 クーデターはアメリカが主導したと噂。反米シアヌーク解任・王政廃止、親米ロン・ノルが共和制大統領に。直後、米軍と南ベトナム軍は、蔓延する北ベトナム勢力一掃のため、クメール領内(※カンボジア領内ということ?)に侵攻。二次大戦で日本に使われた一・五倍の爆弾。一年半で、二百万人以上が国内難民。憂慮したのが、ポル・ポト派を含むクメールルージュと、北京に留まっていたサムデク・シアヌーク。シアヌークは中華人民共和国の支援を受けて亡命政権を樹立、シアヌークは毛沢東や北朝鮮の金日成の説得により、尖兵がクメールルージュとなった。ポル・ポトは、フランス留学時代から極端な毛沢東の信者だった。p129 次第に、クメールルージュ軍はロンノル軍を圧倒。1973年、米軍は撤退。※史実では1975.4.30終結。 p129 ロンノルは、インドネシア経由でハワイに亡命。 p130 ロンノルのクーデターなど悪夢の前段と全カンボジア人が実感することになる。p196 ※ロンノルをプノンペンから追い出して政権を取ったポルポトがなにをしたか。後日まとめたい気はする。p233 ※メセナ(フランス語: mécénat)とは、企業が主として資金を提供して、文化・芸術活動を支援すること。

(2)『ゴーストライダー』鈴峯紅也 2019年03月 p187 増える悪徳[免税転売]。消費税増税は犯罪組織を利する可能性も ※実際の事件を作品に取り入れている例。 p195 新宿歌舞伎町の店舗を複数摘発。狙いはそれらを束ねる運営会社。無許可営業、風営法違反、児童福祉法違反、売春防止法違反、おまけに脱税。※犯罪者はどうしても一定割合で存在するのか? 脱資本主義でもその割合は変わらないのか? 

(3)『新・入り婿侍商い帖 [1]』千野隆司 2019年10月 ※以前読んだシリーズものの、新シリーズ。旧シリーズの主人公の息子が主役になっている。

(4)『この気持ちもいつか忘れる』

(5)『脱炭素革命への挑戦』

(6)『世界は「関係」でできている』※これはおもしろい。1925年、マックス・ボルンの助手をしていた若きハイゼンベルクの大発見から始まる。師匠ニールス・ボーア、同僚の尊大なパウリ。ハイゼンベルクたちとは別に独自に同じ結論にたどり着いたイギリスの無名の若者ポールディラック。20年前の大発見で伝説の人物になっていたアインシュタイン。そこから量子論に入っていく。理解できれば、最後まで読めるかな。 【第1章 奇妙に美しい内側を垣間見る】p16 〈1 若きハイゼンベルクの突拍子もない思いつき~オブザーバル〉 p30 ①ハイゼンベルクとボルンとヨルダンとディラックの枠組み。②「あくまでオブザーバル(観測可能量)なものに限る」という奇妙な考え方。③物理変数を行列に置き換える。これらは、未だかつて一度も間違っていたことがない。 p32 〈2 シュレーディンガーの紛らわしいΨ(プサイ)~確率〉 p42 〈3 この世界の粒状性~量子〉【第2章 極端な思いつきを集めた奇妙な動物画集】p52〈1 重ね合わせ〉 p64 〈2 Ψ(プサイ)を真剣に受け止める~説一、多世界。説二、隠れた変数。説三、自発的収縮〉※筆者カルロによれば、もっともよく論じられる三つの着想。不確定性を受け入れず、Ψは実在する対象物だ、とする。詳細は省く。p75 〈3 (※Ψの?)不確定性を受け入れる〉この世界の現実は確率的な形で起きる(※と考える)。量子論の波Ψをそれほど真剣に受け止めない解釈を「認識論的解釈」という。なぜならそれらの解釈では、Ψはこの世界で起きることに関する自分たちの認識(エピステーメー)よ要約にすぎない、とするからだ。一例に《QBイズム》。※p75~79は、《QBイズム》なるものの説明。わからん。 p78 《QB》の弱点は、「世界(現実・自然)」を「私(知識の主体・観察者)」に「つなぎ留めている」こと。これは「私」を「世界」の「外に立たせる」。《QB》は、「私」を「世界」の一部とは見ない。「私」の『内に映った「世界」』を見ている。※それではホントの「世界」は見ることができないってか。 p78 そうすることで素朴な唯物論(※物質しかない、魂はない、という見方か?)から脱したが、結局は絶対的な観念論に堕ちた。(※私の内側しか見ないから?) 観察者(私)自身も観察される可能性がある。これが重要! (※オブザーバルに関係ありっぽいな) 「実際の観察者が量子論で記述されている」かもしれない。※ほお、というか、わからん、というか。 p78 わたしが観察者を観察すれば、わたしにはその観察者に見えないものが見える。ということは、観察者としてのわたしにも見えないものが存在するはずだ。わたしが求めているのは、次の物理理論。①宇宙の構造の説明。②宇宙の内側の観察者という事実は何なのか。※「世界」と「私」の説明だな。 p78 観察している自分によって宇宙が左右される理論ではない。 ※ふむ。 p79 結局はこの章の量子論解釈は、シュレーディンガーとハイゼンベルクの論争。①不確定で確率しか求められないというこの世界の性質を何としても忌避しようとする「波動力学(※これはΨ、シュレーディンガーか)」。②「観測する」主体の存在にあまりに頼りすぎているように見える「若者たちの物理学」の過激な飛躍(※これがハイゼンベルクか)。p79 「観測とは何か」「観測者とは何か」※世界と私だね。結局はコイツらが究極の疑問だ。 p79 この問いによって、わたしたちはこの本の主要概念《関係》へと導かれる。※ドラマチックに書くね。カルロ・ロヴェッリさん。【第3章 みなさんには現実、でも私には現実でないことは?】p80〈1 かつて、この世界が単純に見えたことがあった〉p80 ※アナクシマンドロス、ダンテ(1265-1321)、コペルニクス、ニュートン、ファラデー、マクスウェル、アインシュタイン、ダーウィン。この流れ。 p83〈2 関係〉p86 相互作用なくして、属性(※性質)なし p88 事実は相対的である p90〈3 希薄で曰く言いがたい量子の世界〉 【第4章 現実を織りなす関係の網】p98〈1 エンタングルメント〉p101 解けないパズル。エンタングル状態にある二つの粒子は①事前合意なし、②メッセージやり取りなし、なのに同じ決断をどのようにして下せるのか。※テレパシー?笑 p102 宇宙のあらゆる構成要素がつながっている。とまどう。※そらそうだ。全然わからんが。p105 エンタングルメントは二人でなく、三人で踊るダンス。※面倒なのでメモしないが、イメージは浮かんだ。今までとは違う世界像が。関係のみの世界。つまり幻じゃん? しかし魂があるとかないとかはアホらしくて語れません、なのか。本書の残りの部分に出てくるのか? ま、もう少し読んでみよう。 p106〈2 三人一組が織りなすこの世界の関係〉 p109〈3 情報〉 【第5章 立ち現れる相手なくして、明瞭な記述はない】〈1 ボグダーノフとレーニン〉※なんとレーニンか。 p122 ロシア第一革命の失敗から四年が経ち、十月革命(ボリシェヴィキ革命)の成功まで八年の年月を残す1909年に、ウラジーミルレーニンは、そのもっとも哲学的な著作とされる『唯物論と経験批判論(※マッハ)~ある反動的哲学に関する批判的な覚え書き』を発表。ボリシェヴィキの共同設立者で主たる思想家でもあった昨日の友、アレクサンドル・ボグダーノフを政治的標的とした著作。※マッハ、アインシュタイン、ハイゼンベルク、ウィーン学団、米プラグマティズム、ロベルト・ムージル、パウリ、フリードリヒ・アドラー(マッハとマルクスの思想融合試行、社会民主労働党指導者、オーストリアの第一次大戦参戦に抵抗して首相シュテルク暗殺、獄中でマッハの著作まとめ)。いやマッハの影響はすごい。p125 マッハの標的は18世紀の機械論(あらゆる現象が空間を移動する物質の粒子によって引き起こされている)。マッハは主張する「科学の発展により、この『物質』という概念が不当な『形而上学的』前提だと判明した」。機械論はしばらくは有効なモデルだったが、それを形而上学的先入観にしないために、私達はそこから抜け出す術を学ぶべき。科学は〈すべての〉「形而上学的」前提から解放されるべきで、知識はひとえに「オブザーバル、観察できること」にもとづくべきだ。※見えないものは信じるな、か。 p125 知識は経験と観察にもとづくべきという考えは、マッハが元祖ではない。p126 この考え方は古典的な経験論の伝統。アリストテレスとまではいかなくても、ロックやヒュームまで遡ることができる。しかし、主体(※私)とその知識の対象(※世界)の関係に注目し、この世界を〈ほんとうにあるがままに〉知ることができるのか。それを疑った結果、壮大な『ドイツ観念論』が生まれ、哲学の中心は「私(主体、主観)」にあるとされるようになった。しかし、マッハは科学者だったから、「主体(※私)」から「経験そのもの(※世界?)」にポイントを移して、それを「感覚(※なるほど「世界=感覚」か)」と呼ぶことにした。そのうえで、「科学的知識が経験にもとづいてどのように増えていくのか(※「世界」の変遷、か)」を具体的に調べた(「マッハ力学史」)。マッハ曰く「力学=感覚によって明らかにされた『動きについて知り得た事実』がある。その『事実』をもっとも思考経済的な[思考の最小の支出で事実を最大限に記述する]やり方で要約する試み」。マッハは、感覚を超えたところにある(※神や異次元?)仮想の現実を推論したり直観的に把握したりすること(※宗教の悟りや回心か)で知識が得られる(※世界がわかる?)とは考えていなかった。知識=感覚(※経験、世界、か)についての私達の考え方を、効率的に組織化する試み。マッハにすれば、私達が関心をもつこの世界は、感覚(※五感、か)によって構成されている。それらの感覚の「背後」にある前提はすべて「形而上学」である(※形而上学=ほぼ宗教、だな。前提、とは神や天国や罪、か)。そうはいっても、マッハの「感覚」という概念には多義的なところがあって、弱みでも強みでもある。マッハは生理学から借りたこの概念を「精神の領域から独立した(※感覚と意識を分けたのか?)」普遍的なもの(※意味がわからない)として扱った。さらに「要素」という用語を、仏教の「法(ダルマ)」と同じ意味で使った。p127 「要素」は、人間や動物が経験する感覚だけでなく、宇宙に現れるすべての現象だ。「要素」は独立ではなく、マッハが「関数」と呼んだ連関、関係によって結びついており、科学はその関係を研究する。少し不正確だが、マッハ哲学は、「空間を動く物質の力学」をより一般的な「要素と関数の組」に置き換えた真の自然哲学だ。ここでは外見(現象)の背後にあるはずの客観的で確かな「実在」の仮説が全廃される。さらに、経験する主体の「実在」の仮説も全廃される。※すべてを〈現象〉で扱うということか。マッハは、物理世界と精神世界の違いを認めない。「感覚」は、物理的かつ精神的だ。それが現実だ。バートランド・ラッセルは同じ考えを記す「世界の素材は、精神と物質の二種類ではない。相互関係によって違うパターンに配置されるだけ。その中のある構造は心的と、そのほかの構造は物的と呼ばれる」。これによって、現象の背後に存在する(※はずの?)物質的実在という概念は消え、それを「知っている」精神(※的実在?)という概念も消える。マッハにすれば、知識は観念論における抽象的な「主体・主観(※「私?」)」が所有するものではない。知識は、人間の具体的な行動である。行動とは、具体的な歴史の流れの中で、自分が相互作用しているこの世界の事実をよりよく組織化する術を身につけていく活動である。 ※以下後日 【第6章 自然にとっては、すでに解決済みの問いだ】【第7章 でも、それはほんとうに可能なのか】

(7)『断言 2』山形浩生(1964年、東京生まれ。東大。MIT) 2021.1.23発行 p9 書評集。社会経済編に続いてサイエンステクノロジー編。p10 美人理論物理学者 p11 ポリコレ 悪意ある伝言ゲームの間違いを指摘すると、それ以上の伝言ゲームには加担しなくなる。※これはパワーのある人しかできない。 p11 フェイクニュースに対抗するのはむずかしい。※だよね。 p12 『水からの伝言』※江本勝 p14 いまのAIでは当分人類支配はつらい。再エネも、主力の電源にするのはつらい。 p15 世界の未来は以下の知識を前提に。(1)進化論的なものの見方(2)脳と意識(3)分散型コンピュータとネットの世界 ※書評集だからしょうがないが、「この本はなぜこういう結論を出したのか」という記述が今のところ見当たらない。それで「終わりに」を先に読んでみた。 p413 (※ここ30年で)意見を変える知見はない。唯一、環境問題くらい。悲観的だったが、特に『環境問題をあおってはいけない』(ロンボルグ)に強い影響を受けて、楽観論に切り替わった。p414 最近、中国深圳の話を中心にいろんな分野が重なる。ぼくもそろそろ3DプリンタとPython とJulia の勉強を。 p89 【第3章 環境】※この章はp116まで。 p90 いますぐ炭素排出ゼロにしても、いまの二酸化炭素濃度が低下するのははるか先。コロナで2020年に経済活動が抑えられたが、炭素排出はあまり減っていない。※では経済活動以外の「なに」が炭素排出の原因なのか。筆者はそれには答えない。まあそれに答える説がまだ世界にはない、ということかな。 p91 温暖化に対する適応策が重要(山火事は森林管理、浸水被害は宅地開発の抑制と堤防)で、排出削減するなとは言っていない。費用対効果によって実施しようと。低めの炭素税を入れて、やみくもに排出ゼロなんて無茶な話はやめよう。あと十年で、各国の目標の非現実性がわかったとき、このような本の主張は見直されるのではないか。p93 いまの純粋まっすぐな環境運動って変。ロンボルグは、もともとグリーンピースのメンバーだったほどのエコロジスト。「環境はエコロジストの主張ほど悪化していない」という記事に反駁すべくデータをあさりはじめた。ロンボルグは統計の専門家。調べるほど環境団体の主張が歪んでいることがわかってきた。「生物種がすさまじい勢いで絶滅を続けている」「世界の森林は急速になくなりつつある」「食料危機がいまにも訪れる」的な主張は、まったく根拠がないどころか、データを意図的に歪曲して捏造されていた。本書でくりかえし、ワールドウォッチ研究所とその親玉レスター・ブラウン、WWF(世界自然保護基金)、グリーンピースがとりあげられている。特にレスター・ブラウンの統計濫用はあまりに酷い。本書は、かれの食料危機や資源枯渇や表土消失といった予言がはずれていることを明快に示す。かれの主張は「環境問題について心配しなくていい、というものじゃない。ただ、このままでは明日にも世界破滅、といったレトリックは有害無益だ」。環境保護にもコストがかかる。環境とアフガン救済とどっちを優先する。アフリカに井戸を掘るのとどっちを優先する。環境論者は、生活水準を落とせ、というが、無理は続かない。「環境」と「生活水準や経済発展」はトレードオフじゃない。豊かな生活があって、はじめて人は環境に目を向ける。※衣食足りて礼節を知る。p96 『環境問題をあおってはいけない(ロンボルグ)』の主張は、「現状でも環境はよくなっているんだ」。あわててバカな真似(※COP26のことか。笑)をしないでも考える時間はある。優先順位を決めて、お金や頭脳を割り振ろう。エコロジストはこの本が気に入らなかった。p97 それをロンボルグは、真正面から受けて立った。優先順位を明らかにするプロジェクト(コペンハーゲン・コンセンサス)を立ち上げた。(略)2004年、おもしろい結果が出た。最大問題で、すぐ効果があるのは「HIV/AIDS」。アフリカ中心に毎年死んでいる数百万人が少しの費用で救える。二番目が、微栄養素の失調からくる各種の疾患。ヨウ素やナトリウムのような微栄養素は、子供の成長や知能に大きな影響を与える。ちょっと錠剤をあげればすぐ解決。そして満場一致でやっもダメな問題が、地球温暖化対策。地球温暖化は起きているけれど、もともと数百年規模の問題なので、いますぐチマチマ何かしたところでほとんど何も変わらない。特に京都議定書みたいなもので世界の経済活動をしぼれば、豊かになれたはずの人々が、停滞を余儀なくされる。p98 この結果に文句を言ったエコロジストに対して出されたのがこの本『Global crisis, Global Solutions 』で、順位づけプロセスまでが詳細に記述された大部の一冊。これに応えたエコロジストはいまのところいない。(略)この本は、政府の予算優先順位が気にくわないなら、こんな理性的な社会合意のつくり方もあるという提案をしている。p100 ロンボルグはパリ協定を批判していたので、親トランプと誤解されて不当なバッシングを受けたりもしたが、2020年選挙ではバイデンの公約のよいところ(研究開発をがんばろう)も評価し、党派主義とは無縁。コペンハーゲン・コンセンサスもバングラデシュやガーナで、「各種問題の費用対効果を比較して対策の優先順位づけをする」という重要な仕事を継続している。p106 『気候工学入門(杉山昌広)』※ジオエンジニアリングって言葉があるんだねえ。p107 世界で筋金入りのカウンターカルチャー誌といえば、『地球の論点』著者スチュワート・ブランドが作った「全地球カタログ」、ヒッピー文化の新しいライフスタイルを提案するアイテム満載雑誌で、スティーブジョブズにも影響を与えた。『地球の論点』のなかで、地球温暖化否定論者として、デンマークの学者ビヨルン・ロンボルグが名指しで批判されているが、ロンボルグとブランドの主張は、まったく同じとこらに。一、組み換え。二、第四世代の原子力発電。ジオエンジニアリングによる気候制御。※カウンターカルチャー…対抗文化。 社会のメインストリームを形成する支配的な文化に対置される反権威的な文化の総称。 若者、女性、少数民族などの「社会的弱者」が主な担い手であることから、大衆的な下位文化をエリート主義的な上位文化に対置してこのように称する場合もある。(kotobank) p112 杉山大志『地球温暖化問題の探求』の著者はIPCCの各種委員として、温暖化問題の日本代表。このままでは人類滅亡との煽りに疑問を投げかける。※ほお。 p112 温暖化対策の基本的な考え方が、ヒトのこれまでのあり方に真っ向から逆行。ヒトの誕生以来の変化に比べて、数度の温度上昇は大きなものではない。それ以上の変化にヒトは適応してきている。温暖化で滅びると言われる島嶼国やバングラデシュに実際に行けば、温暖化以前の問題が山積みなのは三日でわかる。 p114 政府が思い込みで個別技術を選ぶ方策はたいてい失敗。太陽光パネル補助金、LED電球補助など。※ほお、失敗なのか。 p114 著者は言う「ニーズと技術シーズを整えることが重要。そのためには、政府は〈基礎技術に力を入れ、汎用技術を中心にシーズを揃える〉と同時に〈規制緩和により新技術の様々な利用可能性を高める〉べきだ」。(「環境管理」2019年2月号) ■第4章 震災復興・原発・エネルギー p122 ※リフレ派とは積極的な金融緩和を通じて景気の回復と緩やかな物価上昇を促す経済政策「リフレーション」を支持する学者やエコノミストを指す。p124 いまの原発をなくすだけでも数十年かけて冷却が必要だ。■第9章 脳と心 p287 ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊、ふたたび 見えてきた心のしくみ』は、五講の連続記録。一、幻肢。二、ミラーニューロン。三、芸術の役割。芸術は脳の各機能をプローブ( 探査精査)するためにある。四、共感覚(味が形として感じられたり、数字が色として感じられたり、感覚が少しズレて配線されている現象)。五、自己とは何で、それが進化的にどう位置づけられるのか。

(8)『ニュー・チャイルドフッド』ジョーダン・シャピロ 2021.7.30発行 p5 『スーパーマリオ』『ドンキーコング』『ゼルダの伝説』を生んだ任天堂の宮本茂。(略)子供にとってゲームのデメリットは、運動不足、肥満、ゲーム依存、鬱病、孤独感、ブルーライト、集中力低下、家庭の安らぎを破壊。これらは無根拠ではないが、繋がり合う世界を築くテクノロジー自体が問題ではない。もちろんデジタル革命初期にヒトは間違った。一、ネット上で便利さと引き換えに行動監視。二、ユーザーの好みに合わせて表示される仕組みや予測アルゴリズムによって、自分と異なる意見に晒されることが減った。三、クリック数と表示回数重視の仕組みにより、偏った過激な「釣り」ニュースが増えた。これらにヒトは最近気づき始めた。これらの問題はテクノロジー自体が原因ではない。その使い方である。※原子力と同じ。「繋がり合う」テクノロジーという言葉がオモシロイ。 p15 物語の内容は不変。たとえば「天才の発明が人間の優位を脅かす」。「フランケンシュタイン」は19世紀の「ターミネーター」、16世紀のプラハで生まれたユダヤ民話「ゴーレム(命を得た泥人形がコミュニティを破壊)」、古代ギリシャ「イカロス(天才技師の父ダイダロスが作った翼で墜落死)」。 プラトンが話し言葉から書き言葉へ。さらに印刷機により知識・物語が一部の独占ではなくなり、そして21世紀のテクノロジーは、知識・物語の伝達方法を変えた。※紙から電子媒体に。 p15 1960年、マーシャル・マクルーハン 「メディアはメッセージである」(『メディア論』)。書き言葉~印刷機~電信~ラジオといった新しいメディアには社会変革がつきもの。政治、経済、社会、ヒトの世界観が変わってきた。p16 アタリ2600(初期のソフト入れ替え式据え置き型ゲーム機)、1980年代の大人は、ゲームは子供の脳を腐らせると考えていた。これはテクノロジー恐怖症。グーテンベルクの印刷機は、平易なドイツ語の聖書(マルティンルターによる)を広く普及させた。現代メディアの起源。知識と情報を標準化し、民主化したグーテンベルクの発明によって、権力が分散されて自由と平等が進み、近代民主主義が生まれた。※王侯貴族僧侶(地主)に加えて富商が支配階級の仲間入り。奴隷的階級は労働者階級と名を変えた。p16 印刷物の悪影響について、文化批評家マーク・テイラー「口承文化は必然的に印刷文化よりも共同体を強くする。印刷物と黙読の到来によって、ヒトは自分の殻に閉じこもることができるようになった」「それと今の親は同じ」。p17 親の心配。一、子供の脳に悪影響。二、視力低下。三、肥満。四、うつ病。五、ひきこもり。※5頁と同じ。p17 筆者はこうした質問すべてに「そんなことはありません」と答える。 p18 コンピュータ(※AIと言い換えても同じだろう)は、魔法のように限りなく繋がり合った世界に開かれた窓。子供たちは『マインクラフト』『フォートナイト』などの複数プレイヤー参加型のゲームに参加。あるいは「ロールプレイにする?」「『ハンガーゲーム』でよくない?」スクリーンのバーチャルな遊び場で友達と遊ぶ。p20 トレカ付きのガムや卓上サッカーゲームより、『マッデン』『FIFA』を選ぶ。※無料PCゲームおすすめ20選。 【パート1 自己】 p26 ※レトリック(rhetoric):言い回しを工夫することによっての相手の感情に訴えかける方法。実質を伴わない表現上だけの言葉。以上、ネットより。つまり、うまいこと表現して相手を説得するテクニック、か。「うまいレトリックだね」とか、そんな使い方かな。※ここで目次によって先読みしよう。つまり筆者ジョーダン・シャピロの物語を推察する。A.自己、B. 家庭、C. 学校、D. 社会。①書き言葉~②印刷機~③電信~④ラジオ~⑤ネットということで第五のメディア革命によってA~Dの物語は変わる。たとえば「自己とはαである」→「自己とはβである」のように。現2021年はその過渡期である。このメディア革命によって現代宗教キャピタリズムから解放されるのか。②の革命によって、カトリシズムが分裂し、プロテスタンティズムが誕生したように。もう一つ、キャピタリズムによる災厄=地球環境問題(SDGs、脱炭素)に対して、メディア革命は解決の一助となるのか。 p38 「遊べ」と子供に言おう。社会での振る舞い方(ソーシャルスキル)、感情の表し方(情動スキル)をマスターするには遊びがベスト。p39_Part1_2 新しい遊びの時間(略)p50 まとめ 遊びで空想することで、子供は未来の現実世界に備える。遊びで自己制御と実行機能を身につける。p53_Part1_3 新しい砂場(略)p62 まとめ 

(9)『山崎正和の遺言』

(10)『琉球警察』

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