20201107『「革命」再考』~p130

『「革命」再考』的場昭弘
はじめにp7
p8
※要するにグローバリズムの反動で反グローバリズムがイギリス(ブレグジット)、ハンガリーやオーストリア(右翼台頭)で起こっている。
ナショナリズムと言ってもよいが、自給自足体制を確立して、ポストキャピタリズム体制に移行する。その意味では良いと思う。

p8
この現象は、リーマンショック以後の経済の停滞に原因。
※国家赤字~年金減少・福祉悪化~外国嫌い~自国民のみ救済というエゴイズム

p8
世界中の金融緩和による景気刺激策は効果なし。資本主義は役割を終えつつある。

p10
資本の自己増殖のない世界。それは、資本がそれをもつ個人に利子を還流させないで、社会に還流させていく世界。資本が公的資金のように運用される世界、つまり社会主義。

p11
結果的に失敗したとはいえ、ロシア革命が提起した問題は解決しておらず、また出現するこもしれない。

p13
十六世紀のエテティエンヌ・ド・ラ・ボエシ(1530-1563
「圧制は支配される側の自発的な隷従によって永続する」(『自発的隷従論』)
p14
十七世紀のフランスはイギリスのような革命に遭遇しなかった。
※一般に、1642年からのピューリタン革命と、1688年の名誉革命とを総称して、イギリス革命といっている。人権などの市民社会の原則を確立し、政治的な面ではステュアート朝の絶対王政を倒し、議会政治のもとでの立憲君主政を実現させた変革。
https://www.y-history.net/appendix/wh1001-031.html#:~:text=%EF%BC%91%EF%BC%97%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AB%E8%B5%B7%E3%81%93%E3%81%A3%E3%81%9F,%E3%81%95%E3%81%9B%E3%81%9F%E5%A4%89%E9%9D%A9%E3%82%92%E3%81%95%E3%81%99%E3%80%82

p15
※革命は、環境と人々の意志が結びつかないと起こらない。

p15
資本主義はつねに、外部の非資本主義的な市場(からの搾取)によって成り立ってきた。
※世界のすべてが資本主義国家になったら、資本主義は終わる。

p16
今ほど資本主義の世界の将来について考えねばならないときはない。

序章 革命とは何かp29

p44
二百年前のフランス革命から世界に広まった「人権」が、外国人労働者を増やし、自国の労働者の仕事を奪う。
差別撤廃としては素晴らしい。
しかし当事者である先進国の労働者としては我慢できない。だから彼らは自分の仕事を守るために、自らの人権を要求し、外国人労働者の人権を踏みにじる。
これは人権と私的所有制度の根源的矛盾。はじめて明確に示したのはマルクス。
私的所有が生産手段の所有を意味する限り、生産手段を持たない労働者に私的所有の可能性はなく、したがって人権を持つこともない。あるものの私的所有は、一方でその人物の人権を保障するが、他人の私的所有を阻止することで、他人の人権を保障できなくなるという矛盾。

p46
トロツキー「権力掌握だけを問題とする南米諸国の社会運動とロシア革命を一緒にするな」(『ロシア革命史』)
昔から多くの人々は、革命という言葉に、ユートピア的意味を込めてきました。可能性がまったくないようなものを実現するという確信のなかに大きな歴史の飛躍があったことは間違いない。フランス革命、パリ・コミューン、ロシア革命。

p48
序章 第二節 未来への希望
「革命には希望という確信がある」(ドイツの思想家エルンスト・ブロッホ『希望の原理』)
エルンスト・ブロッホの出発点は十六世紀のトマス・ミュンツァーの運動。
※革命とは希望の実現である。
「人間とは希望する生き物である」(エーリッヒ・フロム『希望の革命』)
※人間とはウソをホントと信じることができる生き物である。(希望の原理)

p49
希望の原理こそ、宗教(キリスト教など)の信仰や、革命(マルクス主義)の階級闘争を生む。

p50
革命(階級闘争)の目的は、利益の平等分配ではない。人間には欲望があり、それは平等分配を受け入れられず、平等分配を破壊する。
革命の目的は、社長さんの(生産手段の)私的所有によって非人間化された労働者(一般市民)を人間に戻すこと。それは現在の社会制度である資本主義を終わらせること。ポストキャピタリズムを実現すること。
しかし、革命を実行すれば、失敗してすべてを失うかもしれない。個人主義で考えれば「革命などリスキーであり、ムダである」

p51
平和な日本ではその通り。革命は自然災害や戦争などの大混乱の中から生まれるから。
キリストは自らを犠牲にして人類を救った。未来のための礎になるというヒロイズムに酔わないと革命は実行できない。
「まあ今の生活でいいや」ならばそれでよし、である。

p59
五月革命。フランスで学生たちのストライキから始まった。ベトナム戦争反対、大学改革、資本主義批判の闘争が各地に広がり、一九六八年五月、労働者によるゼネストがド・ゴール政権を退陣に追い込んだ。
文化大革命。中国で一九六六~七六年に広がった思想・権力闘争。資本主義の導入を考えた政治グループを、毛沢東は「自力更生」を唱え、「造反有理」と叫ぶ紅衛兵を使って攻撃した。七六年、毛沢東・周恩来が死んで、江青ら四人組は断罪されて闘争は終わった。

第一章 二〇世紀革命論の母p63
第一節 マルクスの革命観p64
p67
マルクスは市民革命(としてのフランス革命)ではなぜ不十分だったのか興味を持った。マルクスは、人権のなかに私的所有を含ませている点を問題にする。私的所有は人権と同じものではないと批判する。マルクスは、プルードン『所有とは何か』を読み、発想した。
p68
フランスの社会主義者プルードンは、「所有とは何か、それは盗みである」と書き、当時フランスの言論界で物議をかもしていた。教会はプルードンを教会批判として告訴。
p69
フランス革命は、政治(公)よりも経済(私)を大事にする世界をつくった。
※皆の幸せよりも自分の幸せ。それにはカネ。
人権はエゴの野放し。私的所有は最大の問題。
マルクスは批判する。「自由競争と弱肉強食の開放が近代の問題である」
p70
マルクスはヘーゲルの市民社会の意味をエゴの野放しと見ており、人権宣言が私的所有を陞任したことを批判する。
この段階でマルクスはまだ経済学を学んでいない。直後の一八四四年四月から経済学を本格的に学びはじめる。
フランス革命は政治(国家・公的領域)を経済(市民社会・私的領域)の開放によって破壊したもの。
※強者(他者を考えないエゴの塊)の欲望の開放が市民革命。ってことか。

私的所有はブルジョア(社長さん)の暴走を生むp70
p71
マルクスは、なぜ国家と市民社会は両立できないのか考える。
私的所有の世界のあと、ブルジョアが暴走し、プロレタリア(ここでは市民社会から歯医者された階級p72 )が破滅的世界を回避し、新世界を開く。
※シンプル。理想主義者的。まあ暴走後に人類滅亡と言ってもしゃーねーが。新世界はユートピアかディストピアか。そんな論理展開しかないな。
p73
マルクス「人権とは、利己的な人間の権利だ」
p74
これは単純なこと。りこてきなけんりと社会の権利との矛盾。
p75
一七九三年の憲法はロベスピエール治下での憲法。人権とは、他人に迷惑さえかけなければ何をしてもよいということ。人権は、人間を、アリストテレスが言うような社会的生物ではなく、徹底して一人の主体(モナド)にする。
※自由を保証するのはカネである。
P76
市民社会では、個別的自由によって人間は他人の中に自由の「実現」ではなく、その「制限」を見出す。
※自由によって、人は他人の中に自由の邪魔を見る。ま、当たり前だな。
p77
人権が個人主義的になると、他人は自分にとって重要な存在であるよりも、じぶんのそんざいを危機に陥れる恐怖の存在となります。フランス革命がやろうとしたことは、他人は敵で、頼れるのは自分だけというのはせかいの実現。
※これは神が死んだからだろう。頼れる神は死んだ。笑

人権を守るために警察権力を求めるp77
p78
私的所有には利己性しかない。不安。安全と保障を求める。それが警察。逆説。自由を求めながら、自由を制限する警察社会になる。
マルクス「安全(※警察)とはむしろエゴイズムを保障する」
※くう~、だね。笑
p79
個人がむすびつく唯一のつながりは、(略)
※よーするに、人と人との関係は、カネかセックス。と、言っている。これまた、くう~、だね。笑
p80 1~5行目を自分なりに解釈すると…
普通の人々が、エゴイズムの塊である社長さんの奴隷あるいは社畜になる。最終的に、鬼畜である社長さんこそが人間となる。なんじゃこれは、である。

※農村から都会へ。フランス革命はそういうことだろ。あとは、パリ・コミューンとロシア革命を筆者がどう書くか、かな。20201127

p87
マルクスは政治的解放を批判。それは政治への無関心をつくる解放で、また利己的個人生活だけを保障するから。マルクスは、社会的解放に進む。それは、利己的にばらばらになった個人をもう一度類的人間としてまとめあげること。私的所有といった排他的世界を捨て、集団的所有という世界へ。(略)
p88
根本的な問題は、私的所有よりも、そこから生まれる資本主義社会の「価値法則」にあったが、マルクスはまだ気づいていない。価値法則とは何かという問題にこれから入る。そこにプルードンから脱皮。

p90 4_9行目
需要と供給によって価格が決定されるとすれば、市場で取引されるひとつの商品あるいは労働が価値通りに売れないことがわかる。
資本主義社会すなわち私的所有制度の社会では、いつも不等価交換が生じている。

p91 5_10
マルクスは「生産において不等価交換が存在するのは、労働力商品だけ」と結論。労働力(可変資本)以外の生産手段(不変資本。固定資本と、原料や燃料といった流動資本)は価値を形成せず、たんに移転するだけ。

p92
結局プルードンは、私的所有を生かして資本主義を肯定。マルクスは「私的所有制度こそは商品生産社会の根源。資本主義の矛盾の根源。議論でなんとかなるものではない」。

※トクヴィル(1805 – 1859)フランス人の政治思想家・法律家・政治家。

第二章 現実肯定主義からの革命批判p97
p100
トックヴィル「中央集権化と官僚化こそフランス革命である」※私訳

自由こそ革命の本義 p100
※人に迷惑をかけなければ。けど、孤独でなければ無理。そこが矛盾か。笑

p101
トックヴィル「ロベスピエールは革命のあだ花。革命は、国民が市民社会として機能するための、中央集権的官僚機構の形成」。
※「中央集権的官僚機構の形成」ってのが、市民社会=自由を確保する手段だとトックヴィルって奴は考えてたのかい? 地方閥が好き勝手に自治権をふるってるよりは、まだ「自由」の度合いが大きいって、トックヴィルは考えてたのかい? 笑

p101 (続き)
革命とは自由の獲得。そうすると政治は官僚に委せるしかなくなるから。国民が政治に無関心でも官僚がしっかりしていれば国家はうまくいく。 ※トックヴィルの考え方。

p104
トックヴィル「自由が利己的個人の拝金主義から身を守ってくれる」
マルクス「利己的個人の拝金主義はますます加速するばかり」
※トックヴィルは馬鹿なのか? お坊ちゃん(貴族)な考え方。マルクスは平民。
※自由と不平等は対の概念。だからフランス革命の概念に自由と平等が並列しているのは完全な矛盾であり、人類の過渡期ゆえの(ギリシャ期の奴隷民主主義もあったが)未熟だろう。金持ちを自由にふるまわせたら不平等になるに決まってんじゃん。

p107
国民公会(一七九二)の意義
マルクスは当時フランス革命に参加したルヴァスールの『回想録』を使いながら、物価騰貴による国内の混乱という問題に関心をもち、(※フランス革命によって生まれた)利己的市民社会がもたらした悲惨さを指摘する。先に述べた遅塚は、パリ郊外のドリヴィエという人物がロベスピエールに農村における地主の横暴を訴えたことを問題にしながら、革命は「商人や地主によって台無しになっていった」という実証的研究をしている。
※よーするに人々を自由にしたら「強欲な奴らが正直者や弱い者を食い物にしはじめた」ので、ロベスピエールが強引にやめさせた。

p108
アーレント「マルクスはフランス革命から学んだ。自由は弱者の貧困をもたらす。貧困は第一級の政治パワーになる」。
※自由は弱者の貧困をもたらす。これは2008年のリーマンショックでもそうだった。弱肉強食だから。貧困は第一のパワーになるは賛成。ハングリー精神というやつ。

p110
(アーレントは言う)マルクスは政治をあまり考えず、経済(社会)問題に力を入れすぎた。だから、政治を経済の次に位置づけた。しかし利己心を貧民層も持ち続けるなら、「平等という大義名分のもとに利己的闘争が始まる」かもしれない。政治学はそこを問題にする。
マルクスはもちろん自由を評価するが、自由がむしろ(弱肉強食をもたらし、それを防ぐために)独裁を呼ぶ。マルクスはこれに悩む。
(アーレントは言う)「平等という大義名分のもとに利己的闘争が始まる」から、経済(社会)革命(※社会主義革命または共産主義革命)に意味はない。
※アーレントは、「サピエンスは欲張りさんだから、弱肉強食の世界は共産主義革命後も変わらない」という主張。ポストキャピタリズムもそうか? 違う。ノーマネーだから競争が数値化されない。競争ではなく協力・共存して地球を維持するという世界。

p112
(ナチス体制を体験した)アーレントは経済を拒否して政治だけを見る。ロベスピエールやヒトラーという独裁を生んだ経済構造は見ないで、政治構造=権力構造だけを見る。そうすると、ナチスもソ連も政治構造は全体主義である。
※日独は上から、中ロは下からの革命。誰だかのこの説には反するが、ま、どうでもいい。アーレントはカネを重視しなかったってことかね。ところで「全体主義」ってのは、よーするに「独裁」だろ。ちがうのかね。一者独裁か、一党独裁か。そんだけの違いでしょ。一色の思想に染められているか、一人の思想に染められているか。
p113
※著者のいう「社会革命」は、経済革命のことのようだ。つまり、「自由」に強欲な者がふるまって弱者から奪う(搾取する)世界。

p114
アーレントはロベスピエールを批判する
Q. なぜフランス革命が独裁者ロベスピエールを生み出したか?
A. 政治が社会化したから。
※なんで、こーゆー難しい言い方するかな?
政治=自由
社会=平等、か?
フランス革命は、(人徳者による)自由を求める運動だったが、それが(怒れる下品な貧乏人による)平等を求める運動に変わった、とアーレントは言いたいのか?

p114
政治が人徳者ではなく、下品な貧乏人の激しい怒りによって行われたからだ。怨念(ルサンチマン)の爆発によって、フランス革命は「破壊と略奪に変わった」。
※アーレントは「貧乏人の恨み」に焦点をあてていて、それが独裁者ロベスピエールを生んだと言っているってことか。確かに部落差別とか人種差別とか、社会的弱者に強制的に位置づけられた者の恨みは深かろう。
※マルクスは「金持ちの強欲な者が嫌い」で、アーレントは「貧乏人の怨念が嫌い」。こういうことかねえ。
※そもそも「自由」と「平等」は両立するのか。
※パーカーのスペンサーは言う。「平等の概念が全くわからない」
※自由は、他者を傷つけない限りの自由であろう。であれば、資本主義は成立しない。外部の他者を搾取するシステムだから。資本主義は他者を傷つける前提だから、資本主義社会の中で生きる優しい人たちの自由を奪う。自由にふるまったら他者が傷つくがゆえに。気にせず傷つけるのが強欲な社長さんたち。ゆえに彼らが勝ち組と称して優しき者たちを嘲笑する。

p115 ※筆者の的場昭弘は問う
ロベスピエールとは?
民衆を、あるいは、(共同体としての)国家を救おうとした。そうはいえないのか?

***
※p116からp124までは、反マルクス(トックヴィル、アーレント、フュレ)の話。あまり興味がないので省略。
第三節 フュレの革命観 p116
歴史修正主義は現実肯定主義から生まれた
ヘーゲル左派の早とちり
乱暴な議論をするフュレ
独裁国家を礼賛していたという嘘
***

第四節 三者の共通理解 p125
自由を求める階級以下の抑圧された階級の声
p125
反マルクス(トックヴィル、アーレント、フュレ)の三人の共通性は「フランス革命は〈自由〉の革命で、それが革命の本質。〈平等〉などに関心はなかった」。自由なら人々は品格のある生活を送り、失敗したのはロベスピエールが彼らの善意を破壊したから。
※自由なら品格のある生活を送る?笑

p126
私(的場昭弘)はこうした(トックヴィル、アーレント、フュレの)見解にはまったく賛成できない。マルクスの歴史観を比定しようとするあまり、資本主義を永遠のものと考えている。自由の革命(政治的革命)、官僚制社会、中央集権的社会を大きく扱いすぎている。
革命は、自由に対する上からの規制へと進むだけではない。※上とはどの階級? 支配階級から一般市民に対する規制?
もっと言えば、次の構成なのか?
上 支配階級 王、貴族、僧
中 中産階級 ブルジョワ 商工社長
下 下層階級 農民、一般市民(プロレタリアート)
p127
下からの革命が政治的革命(自由の実現)によって終わったわけではない。
(1)自由といわれるものの不徹底
(2)自由を求める階級以下の抑圧された階級の声
(※この二つは)もっと爆発的な革命として現れる。自由を求めるフランス革命だけでは何も終わっていないことがわかる。
 次に、一八四八年革命からパリ・コミューン(一八七一)に至る「下からの革命」をみることで、ロシア革命(一八一七)に至る社会革命(経済革命?)、そして政治革命(身分革命?)を見ていく。

p127
※政治革命=(中産階級による)自由を実現する革命。身分革命。王とか平民という身分の縛りから解放され自由を獲得する。
※社会革命=(下層階級による)平等を実現する革命。経済革命。金持ちとか貧乏人という金銭による格差から解放される革命。なのか? 定義は著者によってバラバラなのか?

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