20200307『17歳のための世界と日本の見方』人間文化講義 松岡正剛 ~第三講

20200307『17歳のための世界と日本の見方』人間文化講義 松岡正剛 ~第三講

p3
第一講 人間と文化の大事な関係
p38
地球の半分以上がまだドロドロのスープ状だったころに、宇宙からウィルスのような情報体がやってきて、その情報が海辺の粘土質のようなものに転写されることによって、最初の生命が誕生したと考えられている。宇宙から情報体としてのマザー・プログラムのようなものがやってきて、地球のどこかに生命プログラムの原型みたいなものを残した。
この最初の原始生命状態をRNAワールドという。そこに、いつしかDNAという核酸の動向が生まれる。ここでDNAを中心にRNAがこれを助けた原始生命体、すなわち原始生命情報体ができてくる。
やがて原始生命体に生体膜ができて細胞ができあがる。その細胞にはDNAが入ってきて、今度はそのDNAが自分と同じものをつくりだす。何度も何度も情報コピーをするうちにコピーミスがおこる。ちょっとずつちがった情報の組み合わせをもつ生命体が誕生していく。
p39
神経系が進化して「脳」になる。
七〇〇〇万年前、最初の霊長類が誕生。さらに四〇〇〇万年くらいたって、私たちの遠い祖先と呼べるようなヒトザル(類人猿)が生まれる。
p40
ヒトザルからヒトになるときに、今の私たちの人間文化の問題にも直結するような重大事件、直立歩行が始まった。
二本足で立ったから、両手が自由になった。手の使いかたもそれまでとは大きく違ってきた。
p42
二足歩行によって目の位置が変わり、世の中を平行に見ることができるようになった。四つ足の動物はほとんど目が顔の側面近くに付いているが、ヒトは完全に顔の正面。目の焦点を自在に結べる。パララックス、平行視という。目の前にある本を見たり、遠くの木を見たり、素早く焦点を変えて見られるのはパララックスのおかげ。
p43
二足歩行をはじめたヒトザルは、それまでと違って遠くのものを見ることができるようになるが、このとき目の焦点がうまく結べないままだと、距離を判断できないので危険。そこで目の変化も、二足歩行と同時におこった。

ヒアとゼアの世界 p43
平行視によってヒトは「ここ」と「むこう」を理解する。
p44
人間文化の発達には大きな意味を持つ。
人間文化の歴史は、どこを「ここ」と呼び、どこを「むこう」と呼んだかということによって成立。
最初は自分たちのムラやクニが「ここ」で、その外側の世界はすべて「むこう」。やがて「むこう」には想像の世界も含まれる。死後の世界、天国。日本では「ここ」を此岸と呼び、「むこう」を彼岸と呼んだ。あるいは浄土。ヨーロッパではアルカディアとかユートピアとか。
こうして理想の「むこう」に合わせて、「ここ」をつくるという文化が生まれる。日本の古代、奈良時代くらいまでは、中国という「むこう」を理想として、それを「ここ」に持ってくることによって、国家のしくみや文化をつくった。基本的にはその後も長らく、江戸時代までは、日本はつねに中国という「むこう」が本物、真であって、「ここ」である日本は仮のものという見方をもっていた。※この現実世界は仮のもの、だろう。
今の日本が経済や文化や技術の仕組みをアメリカに真似ているのも、いまだに「ここ」は仮のものという意識が抜けないからかも。

ネオテニーと成長 p46
直立歩行によって妊娠期間が動物のなかでも異例の長期間になった。さらに生まれた赤ちゃんは未熟児。
おそらくヒトザルからヒトになったときに、何か進化上のプログラム・ミスもあったのだろう。それをカバーするために、ヒトは受胎期間を十ヶ月にも延ばし、育児の期間も長くした。これを生物学ではネオテニー(幼形成熟)という。
p47
育児期間が長くなったことは人間文化にも大きな影響。後天的に大量の情報をインプリンティング(刷りこみ)した。カルガモの赤ちゃんが親に付いていく。あれがインプリンティング。本能ではない。
三歳以前にインプリンティングされたことが習慣や考え方に反映される。それは潜在意識に埋め込まれていて、外には出てこない。記憶になっていない。ヒトの宿命。なぜ三歳以前の記憶がないか。まだ「自分」がないから。「他者」を知ることから「自分」という意識が生まれる。「自分」は「他者」を介在させないと成長しない。

発情期を失った人間 p48

三つの脳の矛盾が文化を生んだ
もっと重大な問題は「三つの脳」を持ってしまったこと。
一、「ワニの脳」反射脳。大脳基底核のあたりにあってR複合体などとも呼ばれている。残忍。
二、「ネズミの脳」情動脳。哺乳類に共通。大脳辺縁系にある。なにが有利とか、何が快感になるかを司る。
三、「ヒトの脳」理性脳。言葉や音楽を理解する大脳皮質の部分。
p54
なぜか? おそらくヒトザルからヒトになったときに、急ぎすぎたのだろう。仮説だが、何か急激な環境変化がおこり、進化を急ぐ必要に迫られた。草原がなくなるとか、強い外敵があらわれたとか。そこでヒトは急いで立ち上がってしまい、発情期を失い、未熟児を生んで育児期間を長くし、しかも三つの脳を矛盾したまま持ちつづけることになった。
一方で、理性脳でワニやネズミの脳をコントロールしようとしたところから、人間文化の歴史は始まる。
仏教「煩悩を断て」は「ワニ・ネズミの脳を抑えろ」。ほかの原始宗教も、欲望を抑えたり鎮めたりするための仕組み。
文化の最初は宗教。あとに舞踊や哲学や建築、四番目くらいに文芸。背景にはつねに理性脳が本能の脳の暴走を抑えるかという闘いがあった。
建築でいえば、ピラミッドや古墳は、王の魂を鎮めることによって、さまざまな欲望が渦巻く人間の世の中そのものを、象徴的に鎮めようという意味がある。
文芸と、抑えきれない感情を、理性によって和歌や詩や物語へ昇華していった。

母型のちがいと文化のちがい p55

p61
第二講 物語のしくみ・宗教のしくみ
人間の奥にはたくさん「矛盾」がある。どう受け入れるか、克服するか。そこから人間文化が始まる。
ヒトが二足歩行をしたときからの大きな課題。
p64
三歳で、おそらく脳に「自己回路」「物語回路」ができる。
p65
その自己を仮の主語として情報を編集する(語る)。それが「自己組織化」「自己編集化」。つまり「他者」の情報をとりこめる。とても大事なこと。

語り部の記憶 p66

物語の母型 p69
ホメロス紀元前八〇〇年前の古代ギリシャ。語り部。盲目。
二つとも古代ギリシャのトロイアをめぐる物語。
『イーリアス』一万五〇〇〇行。アキレウスというヒーロー物語。
『オデュッセイア』一万二〇〇〇行。トロイア戦争後の物語。世界中の物語の母型。

英雄伝説の三段構造 p71
一、セパレーション 出発
二、イニシエーション 通過儀礼(冒険)
三、リターン 帰還

『スター・ウォーズ』大成功の秘密 p74
ルーカスは、大学生のときにジョセフ・キャンベルの大学での授業で刺激を受けて、のちに映画監督になったときに徹底的に「英雄伝説」の母型を使う。
マザー・タイプに触れるとなぜかサピエンスはハマってしまう。物語回路がもともと組み込まれているのかもしれない。

宗教編集者の誕生 p78
紀元前八〇〇年 ホメロス
紀元前六〇〇年 宗教改革(編集)者が一斉に
ゾロアスター教 ゾロアスター
ユダヤ教 第二イザヤ、エズラ、ネヘミア
ジャイナ教 マハーヴィーラ
仏教 ブッダ
哲学や定理 中国の老子・孔子・荘子、ギリシャのピタゴラスやヘラクレイトス。
p79
なぜ一斉に?
おそらく言語や宗教や、あるいは国や都市の出現、さまざまな民族同士の戦争や侵略者といったことが、非常に複雑になって、それがある量にまで達したから。「臨界値に達する」。それまでにないものが生まれる。「創発」という。
※農業革命後、約一万年で臨界値に達して創発が起こった。

そのため神々の物語を伝承しているだけでは足りなくて、その物語に基づいて、現実の世の中や未来をどうするかが問題になってきた。「神の予言」あるいは神の意志としての「預言」が問題になってきた。
p80
ここからが人間文化史の重要場面。神の意志を確実なものにしておくための「約束」が必要になる。そうすると神と人との約束ごと、「契約」が生まれる。
「預言」と「契約」が生まれたことが重要。
それによって、宗教が民族や国(ある人間集団)のアイデンティティになる。ときにどこの民族がそれ(*)を取るかという戦争がおこる。だから重要。
(*)文脈から「預言」と「契約」。しかし預言を「取る」、契約を「取る」という言い方は私にはなじまない。オレの神が正しい、ということか?

ツァラトゥストラは、かく語った。p81
p82
古代ペルシャのゾロアスターは、神々を「善」と「悪」の二分法(哲学用語ではダイコトミー)で編集。善は光の神、悪は闇の神。光と闇の一族の系譜をつくり、この世界を光と闇の関係で解こうとした。
※世界とは何なのか。人はどう生きればよいのか。に対する解答。

ゾロアスターは、だいたい紀元前七世紀か六世紀。古代ギリシャではピタゴラスの時代。ピタゴラスはゾロアスターに会いに行ったか、または強い影響を受けたことがわかっている。つまり古代ギリシャの自然哲学や自然数学には二分法の考え方が深く入りこんでいる。
p83
光の神「アフラ・マズダ」、闇の神「アンラ・マンユ」。
p84
二分法による二元的編集術が、今日から見て一番いい編集とは思えない。善と悪に割り切れないことはいくらでもあるから。

モーセと契約 p84
p85
ユダヤ教の神「ヤハウェ」「エホヴァ」
ユダヤ教からキリスト教が生まれた。
ナチズムによるユダヤ人虐殺
パレスチナ問題
世界中の宗教戦争、経済戦争

紀元前六世紀ごろから順に「モーセ五書」成立。ユダヤ教のもと。旧約聖書の原型。「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記(ユダヤの民がどれくらいいるか)」「申命記」
p86
紀元前十三世紀ころ実在のモーセ。モーセとその一族は古代エジプトの王国によって支配されていた。
その前は、もともとユダヤの民はアブラハムという族長が率いる小さな集団。その後アブラハムの孫ヤコブのときに、エルサレムに定住したとされる。ところが飢饉がおこり、ヤコブの息子たちがみんなエジプトに避難。そのころのエジプトはヒクソス人という外からの侵入民族が治めていて、最初はユダヤの民たち(このころはまだユダヤ人という名称はないが)を手厚く受け入れた。その後ヒクソス人が追い出され、再びエジプト人が戻ってきたときに、ユダヤ人たちを片っ端から奴隷にした。モーセが生まれたのはその時代。
モーセはリーダーになってエジプト脱出、約束の地「カナーン(蜜と乳が流れる地)」へと向かう。モーセは英雄としてユダヤの故郷にリターンした。(※英雄伝説に構造)
p87
出エジプト後、モーセたちはシナイ半島を四十年近くさまよう。そしてヤハウェの神に出会い、「十戒」を授けられる。このときヤハウェとユダヤ人のあいだで「契約」が結ばれたとされる。ユダヤ人たちに、「イスラエル」という国を保証するという契約。これが「約束の地」の保証。この「契約」が事の始めにあったとユダヤ人が考えているために「イスラエル」はいまだに民族と宗教をめぐる闘いの震源地。
約束の地は時代によって「カナーン」「イスラエル」「ユダ」「ユダヤ」「パレスチナ」とか呼ばれてきた。ユダヤ人にとっては、神から約束された土地。
モーセはたどりつけないまま死ぬ。ヤハウェ信仰は広まり、カナーンに十二の部族が派生した。ダビデ王が、十二部族をまとめ、歴史上初めての立憲君主国家をつくる。これが「十二氏族」につながる。紀元前一〇〇〇年くらいのこと。ダビデ王のあとのソロモン王で、ユダヤ王国は絶頂期。

ユダヤ教の光と闇 p88
ソロモン王のあと、ユダヤ王国は「ユダ王国」と「イスラエル王国」に分裂。さらにアッシリア帝国に滅ぼされる。
南北に分かれたうちの北の「イスラエル王国」に、バール信仰という土俗宗教が初期ユダヤ教と交じりはじめる。バールは牡牛信仰で人間を生贄、過激でセクシャルでもあった。
ユダヤ人はバール信仰を闇の信仰と見なして弾圧。
唯一絶対神を主張。
結局イスラエル王国は滅ぶ。ユダヤ人に「救世主願望」が生まれる。「メシア思想」
イザヤ、第二イザヤなどの預言者
「民族共同体イスラエル」を

p91
ボスニア・ヘルツェゴビナ…カトリックと正教会の対立

p94
インドに入った中央アジア(*)のアーリア人は自分たちこそ優秀であるという意識が強かった。先住民を徹底的に差別して、後にヒンドゥー教と結びつきカーストを生んだ。
(*)ロシアと中国とアフガニスタンとイランに囲まれた5か国(カザフスタン,ウズベキスタン,キルギス,タジキスタン,トルクメニスタン)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol161/index.html

p95
カースト制の背景。「輪廻」「カルマ(業)」
カルマをぬぐいさるために肉体を徹底的について痛めつける苦行を十二年間も続け、偉大なる智恵者と呼ばれたのが、マハーヴィーラ。
p96
真理は相対的で、変化する。これは編集的。

ブッダの生涯 p96

ブッダの悟りと「縁起」 p99
p100
悟りはすべてがわかったことではない。「苦」を受け入れて、しかもそれを「空」にする。「ある」と「ない」をいっしょに受け入れる方法を悟った。
この方法の目覚めを「縁起」という。(※?)
苦が楽になる、楽が苦になる、そのような機会を生かす見方。苦を空じるためのきっかけを生かすことが縁起。(※?)
ブッダは、禅定(ヨーガ)によってこそ、縁起をつかんで「悟り」を開き、真理に到る、と説いた。
p102
一切皆苦
諸行無常
諸法無我
涅槃寂静
四法印(しほういん)仏教の基本的認識

※この間、なすび亭で読む。

p130
ヘレニズムは「神の世界の地上化」
人間世界の中心原理をいくつも試作。
最大のものはプトレマイオスの宇宙論。
コペルニクスが地動説を唱えるまで、約一五〇〇年ヨーロッパに君臨した。

宇宙論=コスモロジー

p131
どのコスモロジーがよいわるいは言えない。
ビッグバン理論は、宇宙の始まりは、最初のたった三分間で現在の宇宙の基本をはじめとするつくったとなっている。これは空間と時間をめぐるコスモロジーの一つ。

マックスウェルの電磁場理論
アインシュタインの相対性理論
そう言う仮説を組み合わせてビッグバン理論が認定されている。

p132
ヘレニズムの宇宙論(プトレマイオス)は、東に進んで仏教に影響を与えた。(※もちろんブッダ没後)
またローマ帝国に入ってキリスト教に影響。
p133
キリスト教はヘプライズムから生まれた。
ヘプライズムはユダヤ教のコスモロジー(創世記)。
そこにヘレニズムが交差し、ローマ帝国の社会が交わる。
そしてイエス・キリストによってキリスト教のハッキリと形になる。
しかし、イエスがキリスト教を唱えたのではない。それ以前に芽があった。

第三講 キリスト教の謎 p135
p142
キリスト教成立以後のヨーロッパの歴史はキリスト教変遷の歴史。
十字軍、宗教改革、スウェーデン継承戦争(*1)、スペイン継承戦争(*2)、三十年戦争(*3)など。いまもアメリカ大統領は戦争のときは「正義の神の名において」とキリスト教を持ち出す。

(*1)スウェーデン継承戦争でネット検索したが見つからない。南ネーデルラント継承戦争?
南ネーデルラント継承戦争
1667~1668年 フランスのルイ14世が、スペイン領の南ネーデルラントを侵略した戦争。
https://www.y-history.net/appendix/wh1001-099.html
オランダ侵略戦争
1672~78年、フランスのルイ14世がオランダに侵入した戦争。第3次英蘭戦争と並行して行われた。
https://www.y-history.net/appendix/wh1001-100.html
(*2)スペイン継承戦争
1701~13年、フランス・ルイ14世が孫フェリペをスペイン王の継承者としたことを巡って起こった、フランス・スペイン連合軍とイギリス・オランダ・オーストリア(神聖ローマ皇帝)・プロイセンなどの連合軍との戦争。
https://www.y-history.net/appendix/wh1001-104.html
(*3)三十年戦争
1618年のベーメンの反乱から始まったドイツのキリスト教新旧両派の宗教内乱から、ヨーロッパの各国が介入して国際的な戦争となった。1648年、ウェストファリア条約で講和し、主権国家体制の確立をもたらした。
https://www.y-history.net/appendix/wh0904-090.html

ユダヤ教の歴史(復習)p143
イエスはユダヤ人で、死ぬまでずっとユダヤ教徒だった。
p144
モーセがエジプト脱出して、シナイ半島でユダヤの神ヤハウェと契約した。
欧米は契約社会。日本は契約しないまま取引に入っていくことも珍しくない。
西洋の契約社会観は、トマス・ホッブズの思想が提唱されたあたりから、とくに西洋の国家間や人間観=社会的なコスモロジーとして確立。ホッブズはそれを『リヴァイアサン』に書いた。十七世紀。根源はヤハウェとモーセの契約。ユダヤ教の起源。ダビデ王の子、ソロモン王がエルサレムのシオンの丘に神殿。ユダヤ王国絶頂。紀元前一〇〇〇年くらい。南北分裂後、イスラエル王国はアッシリアに滅ぼされ、ユダ王国も新バビロニアに征服され、大量のユダヤ人がバビロンに拉致される「バビロン捕囚」(※前五八六)。五十年後に解放されると、ユダヤ人はエルサレムに再びヤハウェ神殿再建。紀元前四世紀末にアレクサンダー大王が大帝国。ヘレニズム文化が広まる。その波でユダヤ教もゆらぐ。苦難の時代だが、民族共同体としての結束は強くなる。
p146
「モーセ五書」編纂。文字化。

p154
キリスト教は、ユダヤ教のエッセネ派やその中の小集団だったと思われるクムラン宗団(『死海文書』1947発見。紀元前2~1世紀に書かれた)が編集しつつあった信仰を再編集し、ユダヤ教よりも〈先に〉救世主(メシア)というわかりやすいヒーローを強調することでいっきに成立しないいった宗教。その後二〇〇〇年にわたる物語をつくった編集者がパウロ。パウロこそキリスト教の成立に深くかかわった人物。
※わお。

p155 キリスト教を編集したパウロ
※むしろイエスの死を編集?

エッセネ派の分派クムラン宗団の付近からイエスが登場。唯一神への信仰を説くがローマ帝国の権力者に殺された。イエスの死後、救世主信仰の人々がイエス=救世主と。イエスの弟子は、イエスの死に失望感とともにその意味を。人間の「罪」を背負ったのだ。贖罪の死だ。強烈。
パウロは最初ユダヤ教の異端として反感。イエスの弟子たちを迫害、投獄とも。ある日、夢の中にイエス登場、神々しさに回心。キリスト教徒の憧れのエピソード。真偽は問うてもしょうがない。※松岡さんのスタンス。笑
パウロの宗教編集術は、
一、救世主(キリスト)=イエス
二、死後三日で蘇った。
ユダヤ教は、神の言葉トーラー(律法)重視。しかしパウロは、神の子イエス・キリストの教えを守ることが神への道とした。
p157
パウロの根拠。イエスが贖罪のために十字架で死に、三日目に復活したということは、父なる神がイエスの贖罪を正しいあり方として認めた証拠だと主張した。
だから、イエスを信仰すればみんな罪から許される。このロジックが大ヒット御礼。笑
パウロは、異教徒に布教した。(コリント人への手紙、ピリピ人への手紙、ローマ人への手紙)これは市場開拓、本来はユダヤ教に入信してからキリスト教だが、ダイレクトにキリスト教。パウロによってキリスト教は新宗教として独り立ち。パウロの布教により、わずか数年で、キリスト教徒になった異教徒の数がキリスト派のユダヤ人の数を抜いた。
※蓮如の浄土真宗かな。
p158
「キリストの死と復活」劇的なドラマの作者。救世主願望にどんぴしゃ。

それでは「神」とは何か…なぞ・その3
p159
(イエスあるいはパウロの当時)ローマ帝国の国教は、太陽神ミトラス教。
そこへディアスポラ(*)。
(*)131年の第2回ユダヤ戦争はハドリアヌスによって弾圧されてユダヤ人は地中海各地に離散(ディアスポラ)していくこととなった。
https://www.y-history.net/appendix/wh0101-071.html

p160
ローマ帝国のネロ皇帝はパウロを打ち首に。きっかけは六四年の大火。キリスト教徒のしわざ。おそらくはでっち上げ。噂は怖し。
p161
キリスト教受難の時代は三〇〇年続く。

キリスト教がローマ人に受け入れられるには、ギリシャ哲学に匹敵する理論武装の必要。イエスが死んでから三日後に蘇ったなんてことを理論武装。
p162
それが「神学」。指揮したのが「教父」。

神学の編集作業…謎・その4 p162
オリゲネス 二世紀の終わり頃アレキサンドリア生まれ。『諸原理について』。ギリシャ哲学を「ロゴス(言葉、理性)」の原理とキリスト教の原理を重ねて、「神・キリスト・精霊・聖書・魂・救世主」といった概念をはじめて論理的に体系化。
p163
そのころキリスト教のなかからたくさんの異端派。グノーシス主義(*1)とか新プラトン主義(*2)。
(*1)グノーシス主義
一、二世紀頃地中海沿岸諸地域で広まった宗教思想、およびこれに類する考え方。反宇宙的二元論の立場にたち、人間の本質と至高神とが本来は同一であることを認識することにより、救済、すなわち神との合一が得られると説く。マンダ教やマニ教はその代表的宗教形態。(kotobank)
(*2)新プラトン主義
https://kotobank.jp/word/%E6%96%B0%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%88%E3%83%B3%E4%B8%BB%E7%BE%A9-82509

p164
広大になり、軍事力だけではまとめられなくなってきたローマ帝国をキリスト教こそが、満たしてくれるのではないかと期待。
三一三年コンスタンティヌス帝がキリスト教を認める。
しかしキリスト教内部の論争。パウロの残した問題が解決できていなかった。
アリウス派「神とイエスは異なる。イエスは人。人間イエス派」
アタナシウス派「イエスは神と人間の両方。神人イエス派」
コンスタンティヌスは困りはてニカイア宗教会議。いったんアタナシウス派勝利。すぐ覆されて、その後二五〇年近く延々論争。さらに母マリアは「神の母」か「イエスの母」か。

アウグスティヌスの告白本…謎・その5p166
後日

「情報」を繋ぐ修道院…謎・その6p170
後日
ヴィヴァリウム
カッシオドルス
スクリプトリウム
アラン・ケイ パソコン
ベネディクトゥス

p173
キリスト教の面目躍如、ベネディクトゥス修道院こそ、ヨーロッパの画期的な情報編集センターを理想的モデル。

「受苦」と聖性…謎・その7 p175
アッシジの聖フランチェスコ
スティグマ(聖痕)
聖ドミニク 異端カタリ派(過激な貧しさ)に対抗
今でも各地にフランチェスコ会やドミニク会の学校がたくさんある。

もうひとつの流れ イスラム教p180
後日
四世紀 ゲルマン人大移動 北方ゴート族が東ローマ帝国に テオドリック大王という勇猛なリーダーが東ローマ帝国の側近に。
五世紀終わり頃、西ローマ帝国を滅ぼしイタリア平定、東ゴート王国。
カッシオドルスは東ゴート王国の人。ほかにもボエティウスという東ゴート人がキリスト教に貢献。外部が民族や文化の本質を見抜き情報編集する例は多い。
p181
明治に美術のフェノロサ、建築のジョサイア・コンドル。忘れられていた浮世絵を、世界に類のないアートだと評価したのもフランス人たち。
イスラム教は七世紀のはじめ、世界初の最初から文字を持った宗教。『コーラン』。
各地の文字を使って、一章一節ずつ使い分けて書いてある。これがウケた。方言がそのまま入っている。最初から軍隊を持った宗教でもあった。あっという間に広がった。
八世紀イベリア半島侵入、西ゴート王国滅亡。
カール・マルテル将軍、「トゥール・ポワティエの戦い」
p183
アラブ人「スンニー派」イラン人「シーア派」
「知恵の館」あらゆるギリシャ語文献収集、研究。キリスト教がヨーロッパを覆いギリシャの文化遺産は中世ひそかに封印。アリストテレスの著作の一部は禁書。イスラム世界が継承。
p184
ルネサンス時代、アラビア語のギリシャ文献をラテン語に再翻訳して取り戻す。

十字軍 十一世紀終わりから十三世紀終わりまで七回。ヨーロッパというアイデンティティ。

「悪」もキリスト教の産物…謎・その8p186
『罪と罰』ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
後日

p190
悪魔 アンチキリスト アフラマズダ 阿修羅

魔女というコントロール…謎・その9
地母神 母系社会 ディアーナとダイアナ妃

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