20200224『神と理性 西の世界観Ⅰ』松岡正剛

20200224『神と理性 西の世界観Ⅰ』松岡正剛

第一章 神と王の国
『国家』プラトン
『形而上学』アリストテレス
『教説と手紙』エピクロス
『ガリア戦記』カエサル
『諸原理について』オリゲネス
『古代教会史』ノルベルト・ブロックス
『三位一体論』アウグスチヌス
『千年王国の追求』ノーマン・コーン
『東ゴート興亡史』松谷健二 p100
p105
いったい民族国家とは何なのだろう。エスニック・ステートはどこでネーション・ステートになるのか。民族が国をつくろうとするのはあたりまえのことであるはずなのに、なぜ滅ぶのか。
(略)
宿命なのか。だとしたら、それは民族の宿命なのか、国家の宿命なのか。それとも歴史というものの「掟」なのか。いろいろ考えさせる。しかし民族の王国が滅びても、なかなか消えないものもある。ゴート人の生き方は、民族国家の消滅によってなくなりはしなかった。
※ジェノサイド、民族浄化でなければ。
p106
ゴートは死してゴシック(ゴート人らしさ)を残した。けれども王国が滅び、民族が四散して、そのモード(様式)とプラウジビリティ(らしさ)だけが蘇りつづけるというのは、なんとも無常を感じることである。
※生々流転あるいは万物流転か。

『ゴシック』アンリ・フォション
p115
ヨーロッパは、何回も古代ローマの「もどき」に戻る。最初がカール大帝(800年)、次がロマネスク(11~12世紀。十字軍の時代)。そしてゴシックを挟んでルネサンス。その都度ローマを再編集してしまう。
p116
日本が古代王朝文化に戻ろうとしたのと同じ。しかし平家の王朝趣味と足利のそれ、光悦や宗達のそれが違っているように、ヨーロッパも次々変わる。
ロマネスクの特徴は修道院。ロマネスクではローマっぽいものを(東からの異質者に備えて)各地に分散させる意味で各地に修道院を造った。とくにシトー派とクリュニー派。
次のゴシックは大聖堂。先鞭はサン=ドニ修道院の修復。一一四四年の内陣は尖塔アーチで、肋骨ヴォールトの交差蒼穹。大窓にステンドグラス。ゴシックは森林をメタファーにした「石の森」。一二世紀末からがピーク。シャルトル大聖堂だけでなく、ランス、ブルージュ、アミアンのノートル=ダム大聖堂、ボーヴェの大聖堂とか、イギリスのソールズベリー、ドイツのケルンとか。約一〇〇年続く。
p118
ゴート人の文化とかゴート人の様式ではなく、(※前話と矛盾しないか?)のちのルネサンスの連中が王朝回帰する。すると前時代のものが野蛮に見える。たとえば「バサラ」はのちの東山文化(八代義政)から見ると野蛮。「歌舞伎者」は後水尾の寛永文化から見ると野蛮。その意味でルネサンス人が「ゴートっぽい」「ゴシック」と差別用語を使った。(※ローマっぽいつもりでいた大聖堂をつくった連中を差別したということか。ならば前話と矛盾はしないようにも思えるが、ではゴート人の文化が復活したことは修道院以外で何度もあったのか。ないとすれば、前話の「蘇りつづける」と矛盾しないか?)
p119
ゴシックは高くそびえるから崇高ではなく、構造のもつ力学が一点に集中したから神に近づけた。日本建築は寝殿造りのように横に組み合わさるからわかりにくいが、ヨーロッパの科学と技術は一点集中をこよなく愛した。たとえば一点透視の遠近法。唯一絶対神をもった文化の宿命。
p125
どんな様式でもそうだが、ゴシックは拡散した。国際ゴシック様式。そのひとつがフィレンツェのサンタ・クロチェ聖堂になって、そこから徐々にルネサンスが開花する。十四世紀、ダンテの時代。

『シャルルマーニュ伝説』トマス・ブルフィンチ
p131
本書は「ロマンス」(romance)とは何かということをあますところなく伝える物語の解説で溢れている。本来の意味でのロマンスの中心になっているのは、フランス語の「武勲詩」(シャンソン・ド・ジャスト)だった。
なかでも『ロランの歌』は歴史を背景に、最古の有名な武勲詩。ロマンスとはこの武勲詩におこる出来事。それ以外のことはロマンスとは言わない。これがロマンスの原則だ。
※そうなんだ。笑

四七六年、西ローマ帝国滅亡。傭兵隊長オドアケルによる積極画策。のち、ライン川東岸のフランク族が北ガリアに侵入。サリ支族とリブアリ支族がいたが、サリの中のメロヴィング家の領袖クローヴィスが一族統合。
四八一年、北ガリアにフランク王国建設。
『君主論』マキャベリ

第二章 理性による世界作成 p154
『イエズス会』フィリップ・レクリヴァン
p157
イエズス会はイグナティウス・デ・ロヨラが一五二二年から翌年にかけてマンレサの洞窟で悶々と黙想していたときのヴィジョンに胚胎した。それはヴィジョンであって、まだソサエティではなかった。
それから十一年後の一五三四年(※信長誕生)八月十五日、ロヨラを中心に最初の同志六人がモンマルトルの丘で有名な誓願をし、さらにその六年後に教皇パウロ三世による正式認可をまってソサエティとして発足した。「イエズス会」と名付けられた。準備に十八年かかっている。
p158
イエズス会(の世界伝道精神)は、時代要請にあっていた。その頃の世界支配者ポルトガル王とスペイン王がイエズス会士によるインドやアフリカへの宣教を期待したから。理由はキリスト教世界の(教会保護権による)分割境界線(※トルデシリャス?)を決めた教皇アレクサンデル六世の勅書が、ポルトガル・スペイン両国が新たに発見した土地に対する布教を義務づけていた。
(一五一七年)マルティン・ルターがヴィッテンベルクの教会の扉に九五カ条の教会批判の論題を打ち付けた。引き金は教皇レオ十世(※父はロレンツォ・デ・メディチ)の贖宥状発売。その後、抗議者(プロテスタント)による宗教改革開始。
p159
そこに立ち上がったのがイエズス会。(略)シクストゥス五世の時代の改革精神が、十七世紀マニエリスムやバロックに与えた影響も大きかっただろうが、イエズス会のやったことも社会・文化・教育・文物全般におよんでいた。
p160
ブラジルがカブラルによって発見され、(略)五人のイエズス会士が派遣され(略)ノブレガがリオ付近とサンパウロに宣教団を設置したのが一五五四年。エリザベス女王の即位はそのあと。日本では川中島に謙信と信玄が対峙していたころ。※信長二十歳
p161
イエズス会士の宣教活動を追っていると目が眩む。※松岡さんはやはり詩人である。
それとともに、その激しい犠牲の意志と(略)開拓の闘志に痛ましさを覚える。※神などいないのにって?
イエズス会は一七七三年にいったん解散しているが、一八一四年には、不死鳥のように復活。
p162
ヴォルテール(1694~1778)「パラグアイでのスペイン人イエズス会員による居留地建設の壮挙こそは人類の勝利。それこそが、初期征服者の残酷を贖っている」※居留地建設はそれほどのことなのか?
われわれは、イエズス会による理性世界拡張の近世精神の人類史があることを忘れてきたらしい。(略)世界におけるソサエティのありかたを考える日もきているのであろう。
ちなみにイエズス会による日本の学校設立は、上智大学(一九一三)ほか。イエズス会日本管区では約三〇〇人の会士が活動(一九九五年時点)。

『ピューリタン』大木英夫 p164
p164
全体主義 エルンスト・トレルチ
近代社会 神の契約 国家や会社の契約
社会の囲いの中に立ち往生する「立像的人間」へと転換
p165
中世から近代に向かう転換期 ピューリタニズム
p166
ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ エリザベス女王時代 トーマス・カートライト
Canterbury大主教パーカー アングリカニズム ヘンリー八世 フヘンシュギ 愛国主義
p167
ルター カルヴァン カートライトは三本柱をことごとく批判 反体制の思想
カルヴィニズムは、聖書のみ。間隙を認めない。 アングリカニズムは間隙をいかした国教
p168
ルターは、信仰のみ メアリー女王時代(一五五〇年代)迫害されてジュネーブやオランダに逃れたエミグレがイギリスに帰ってきた。それからこの差異(聖書のみと信仰のみ)が亀裂となる。

ピューリタニズムの本質「移住すること」「移住しつづける者の思想」 カートライト自身が大学から追放されエミグレに。

※外来者エミグレがイギリスに帰ってきたことが発端。その意味で「ピューリタニズムはそもそもが外来的な思想 p168 」

エミグレの移住宗教がピューリタニズム ピューリタニズムは「人間をエミグレ(移住者・亡命者)にする宗教思想」

キリスト教の教父思想は当初宇宙論的世界存在思想を持っていた。※創世記?
教皇と国王(※政治)があい並ぶにつれ、各地に都市国家(※経済)ができあがるにつれ、歴史思想に転化。歴史の変化を受け入れる。
それが、ダンテの『神曲』からミルトンの『失楽園』への変化。
そこにはまだ、樹木のように自然の中に育っている人間を想定しているところがあった。※エミグレではない人間
p169
それに対してピューリタニズムはそのような樹木のように植わっている人間を、近代社会に向けて脱出させたいという強烈な方針。
※宗教(中世)→政治・経済(近代)。中世から近代への脱出。それこそがピューリタニズムということか。革命的思想。

ピューリタン文学の代表であるバニヤン『天路歴程』にはそういう人間像。ピューリタンは「新しいエルサレム」への移住をどこかで希求する。
エリザベス女王は表面だけでもアングリカニズムに「コンフォーム(服従)」させる。コンフォーミズム。順応主義、体制保守主義。
ピューリタンの活動は三つに。
一、地下説教運動 カートライト クラシス(長老主義)運動
二、国外脱出(エクソダス) ピルグリム・ファーザーズ 一六二〇年にプリマスからメイフラワー号で旅立ち、一六三〇年に大挙して新大陸に移って、彼らこそが「新しいエルサレムとしてのアメリカ」をつくることになる。
p170
三、革命 一六四二年にオリバー・クロムウェルによって仕切られた革命。なぜ「王(チャールズ一世)」を殺すことがピューリタン革命の頂点になったのか。本書に書かれている。
頂点の説明の代わりに、この時期にピューリタニズムが派生させた決定的な価値観を三つ。※近代の価値観?
一、コングリゲーショナリスト 日本では「会衆派」と訳。独立派とか組合教会となって、それが新島襄の同志社系。しかしもっと重要な意味が隠れている。カトリック「回勅の宗教」、コングリゲーショナリスト「会議の宗教」。英米人と仕事をするとその思想が前面に躍り出る。ミーティングやディベートのルールはほとんどコングリゲーショナリズム(会衆派主義)による。
p171
二、前記一の波及から、「人間向上のプログラム」が変わった。「回心(コンヴァージョン)」から「教育(エデュケーション)」へと転換。「信仰・会議・教育」はピューリタニズムのなかではひとつながり。その途中にそれぞれ介入するのが「意思決定(ディシジョン)」。宗教的信条に疎い日本のビジネスマンがやたらにディベートや意志決定の経営学に耽るのはどうかと思う。
三、英におけるピューリタン革命がそうであったように、米もいちはやくコモン・ローヤー(普通法学者)と結び、ピューリタニズム社会に契約社会をつくった。
※神(宗教)との契約から、人(政治・経済)との契約に。

メイフラワー契約にもそれはあらわれていたが、クロムウェル革命そのものが契約革命の推進。
マックス・ウェーバーは、このモデルをプロテスタンティズムに拡張し、さらにそれが資本主義の起源と指摘。
p172
ピューリタン=清教徒。清められている人々。起源には王殺し。その後つねに「父を喪失した宗教思想」。
※神殺し。新たな神を求め続ける。AIとか。

ノマド(遊牧民)の思想とは、似て非なるもの。脱出する地点(神)が必要な旅立ち(神殺し)。しかも旅先には目的地(アメリカ)があって、「建国」と「会議」が待っている。(新たな神)
これがヨーロッパのキリスト教社会が「近代」を生むための最も合理的な実験装置。
※ゆえにアメリカは実験国家。

思いがけない副産物
一、ピューリタニズムこそが、「霊的」(スピリチュアル)という言葉に対して、「内的」(カーナル)という言葉を持ち出した。※神殺し。人の心が新しい神。

二、「自由(※神からの)」「デモクラシー(※会議。皆の意見?)」「信仰(※会議の結果の教育?)」とを矛盾なき状態で実践する前提をつくった。

ジョン・ミルトン『失楽園』
ジョン・バニヤン『天路歴程』
教会に行かなかった『緋文字』ナサニエル・ホーソーン
鯨の奥に神を見た『白鯨』ハーマン・メルヴィル
どこか他を寄せつけない禁欲と衝動の両極を孕んだ到達点を示した。
p173
明治日本を動かした「ボーイズ・ビー・アンビシャス」のキリスト教はピューリタニズムそのもの。

p174
『リヴァイアサン』トマス・ホッブズ(1588~1679)
p175
自然状態から生まれる対立を解決するには、国家主権の設定になる。このとき人権と国権はどんな関係であるべきか。どんな政治(※プラス経済文化)社会システムがあるべきか。
p177
国家主権と人権はどこかでどうしても矛盾してくる。そこをどう考えるべきか。
p178
国家機構は、膨大な人間が集まってつくりあげられた巨大な「人工人間装置」のようなものではないか、それは幻獣リヴァイアサンのようなものではないか、とみなした。
国家を人体に準えるような国家機構観はそれまでなかった。ゆえに当時(十七世紀イギリス)は次世代の理神論者(*)やデイヴィッド・ヒューム(1711~76)などを除いてまったく理解されなかった。しかしやがて啓蒙時代になると、ルソー(1712~78)やモンテスキュー(1689~1755)によって「社会契約説の先駆理論」として評価。

(*)神を世界・天地の創造者とはするが、世界を支配する人格的超越存在とは認めず、従って奇跡・預言・啓示などを否定する立場。いったん創造された以上、世界はみずからの法則に従ってその働きを続けるとする。17世紀から18世紀の英国の自由思想家たちに支持され、フランスやドイツの啓蒙主義に強い影響を与えた。自然神論。
https://kotobank.jp/word/%E7%90%86%E7%A5%9E%E8%AB%96-148752

p178
ホッブズが幻獣国家リヴァイアサンを描いたのは、フランスに亡命時。クロムウェル率いる議会軍隊によってチャールズ一世が断頭台で処刑される(※神殺し)という市民革命(ピューリタン革命)のなか、ホッブズは「陰謀をたくらんでいる」「無神論者だ」という扱いをされたから、十年以上の亡命生活。リヴァイアサンを発見する。
社会に「自然状態」というフィクションを設定できたから。国家も法律もない社会に「裸の人間」をおいてみる。
p180
それで何が起きるかというシナリオを考えた。
生命原理がエンジン。それが生存権。(※死にたい奴はいない)ただしそれでは一人一人が生存を賭けて「万人の万人による闘争」(※映画バトルロワイヤル)になるかもしれない。それを回避するには、個人はいったん生存権をどこかに「おあずけ」し、万人闘争を止めなければいけない。
しかし、たんなる「おあずけ」はみんなが納得しない。それは封建制(※中世)への逆戻り。
※つまり、中世=生存権が認められていなかった。王が生殺与奪の権を独占していた。近代は「法」。神の代理人たる王から、人のつくった法に権利移譲された。それが中世と近代の違い。

p180
リヴァイアサンとしての国家機構は(略)個々の生命と身体をすべて吸収したものである。(略)人体をばらばらに部分解体してこれを新たなプログラムで再生させた超大型マシーン、つまりは、フィリップ・K・ディック『ヴァリス』あるいは大友克洋『AKIRA』でもあった。

p181
十六世紀、(p185までホッブズの人生)
p185
ホッブズは人間の自然状態は闘争的であると見た。この「万人の万人に対する闘争」の状態を国家によって脱しようと考えた。その政治思想には「死への嫌悪」が漂っている。それゆえ『リヴァイアサン』は社会におけるタナトス(死の本能)の徹底排除もなしとげていた。※不老不死
この姿勢は生命原理だけで環境社会を保護しようとしている今日の環境倫理思想に似ていなくもない。(❗)
ポール・オースターも登場人物の会話で仄めかせていたことであったが、「全体の健康や全体の保護」を考えることは、ある意味ではビッグ・ブラザー(『1984』)の「強制力の発動」に近いものでもあった。
同じことを稲垣足穂は「全体の病気を持ち出そうとする者ほど、病気にかかっている」と書いた。
ホッブズの提案は社会契約型の国家として啓蒙主義やフランス革命をへて近代国家のモデルになった。けれど、そういう国家が一度だって出来がよかったためしなど、これまでなかった。(※やはりアナーキストの詩人)

『歴史のアウトサイダー』ベルント・レック
p187
バロック 歪んだ真珠(バロッコ。ポルトガル語)ベネデット・クローチェ
美術史のバロックは十六世紀の後期ミケランジェロが試みた建築様式、ルーベンスやカラヴァッジョやベラスケスが二つの焦点をもって挑んだ絵画様式に始まる。
音楽史では十七世紀半ばにモンテヴェルディ、クープラン、バッハによるバロック音楽の盛期が現れたとみなされてきた。
フラスカーティの別荘群やコルネイユやモリエールの演劇にもバロックは及んでいる。
ジョン・ダンやミルトンの詩もバロックだ。
ぼくはベルニーニにこそバロックが極まっていると見てきた。
p188
マラヴィリア(maraviglia 不思議さ)とヴィルトゥオーソ(virtuoso 達人的博識)がバロックのめざましい特色。ルネサンスが調和を重んじて円的な象徴力を達成しようとしたのに対し、バロックは楕円的な二焦点や多焦点による動向を好んだ。劇的で職人芸。
しかし、バロック社会ではカトリックとプロテスタントの両軸が同時に動き、中心のない社会の周辺では、過剰と差別をともなう逸楽(*)がおこっていた。
(*)快楽をむさぼり気ままに遊び暮らすこと。原文では「逸落」。誤植か。
プラトン
オリゲネス
グノーシス
神秘主義
異端や魔女
p189
いわばアウトサイダーの歴史、隠されていた彼らがバロック社会では露わにならざるをえなくなった。本書はそこを注視。
バロック社会
一、国王の国家 フランス 最もキリスト教的
二、カトリック懊悩帝国 スペイン 最も獰猛で意欲的
三、ペテロの諸都市群 ドイツ ローマ教皇から最も神聖だと認定

p190
まずユダヤ人
p191
次に再洗礼派や心霊主義者
p193
いささかわかりにくいのがユグノーの迫害
p194
このほか本書では、刑吏や皮剥ぎ職人や糞尿処理人「名誉なき人々」
男色者 後日
p196
もしわれわれが今日なおマイノリティの問題の大半に展望を見いだせないでいるのだとすると、(※見いだしていないだろう)それは、啓蒙主義や民主主義というものが実はそうとうに「あやしいもの」だったということになるからなのである。
※つまり、著者は「あやしい」と言っている。では「どこ」があやしいのか?

『迷宮としての世界』グスタフ・ルネ・ホッケ
p207
オイコス(家庭)はつねにポリス(都市)の不足を埋める装置だった。いわばオイコスが「負」を充填し、ポリスが「正」を謳歌する。そういう宿命的な関係。※富裕層(ポリス)が貧困層(オイコス)を搾取する?
こうしてポリスpolice から「政治 politics」という概念が、オイコスoikos から「経済 economy 」が派生した。ヨーロッパにおいては、経済とは「オイコスの成果をポリスにふさわしくノモス(法)化したもの」なのだ。
※ポリス 均一化 人工。オイコス 多様 自然(異端、魔女、男色、変質、異常、伝染病p207)。

p208
こうしてマニエリストたちが、隠しつつ暴き、暴きつつ隠していった。
彼らはバロック化(歪んだ真珠)していった。

『世界劇場』フランセス・イエイツ p211
p213
まずなんといってもね、一五七〇年(1570 姉川 裏切りを越えて 信長37歳)にユークリッドの『原論』が英訳されたのが大きかったのです。序文をあのジョン・ディー(※魔術師?)が書いたのね。この序文は、それから三五年(1605江戸幕府の二年後)たってフランシス・ベーコンが書いた『学問の進歩』より、ずっとずっと重要な意味をもっています。
p215
ロンドンに「地球(グローブ)座」をはじめとする世界劇場が林立するには、もう二人。ロバート・フラッド、イニゴー・ジョーンズ。ちなみにジョン・ディーは一六〇八年に死亡。エリザベス女王の側近になって、それから外国へ行くのですが、晩年は不幸。
ディーの世界観を引き継いだのはロバート・フラッド。ヘルメス学やカバラに夢中。ロンドンではパラケルスス風の医業も開業。薔薇十字団員ともいわれるが本人は否定。ディーの影響下の著作が『両宇宙(マクロコスモス宇宙、ミクロコスモス人間)史』。ジェームズ一世に捧げられた。
p216
構想したのが「音楽の殿堂」。一方、イニゴー・ジョーンズは、デザイナー。ジョーンズは、ジェームズ一世の宮廷で仮面劇の演出に携わったことで、一挙に開花。機械技術を奇跡的な演出効果に使ったのね。ファンタスマゴリア(幻燈術)ね。

『エチカ』バルーフ・デ・スピノザ p219
p219
スピノザとフェルメールは一六三二年にオランダに生まれている。レンブラントもスピノザの近くに住んでいた。
スピノザは生まれたときからのユダヤ教徒でマラーノ(*)。
(*)マラーノは、スペイン語で豚、もしくは汚らしい人を示す言葉。歴史的な用語としては、かつてスペインにおいて、コンベルソと呼ばれたキリスト教に改宗したユダヤ人を侮蔑的にマラーノと呼ぶことがあった。

スピノザはユダヤ人学校でヘブライ語を学び旧約聖書を研究。あとは独自思索ゆえにラテン語は独学。一六五六年、アムステルダムのユダヤ共同体から異端として破門された。

ライプニッツは一六八三年、ある書簡でスピノザを「鋭敏ではあるが宗教心のない学者」とか、その形而上学を「最も質の悪い学説」と書いた。
p221
マルクスやカフカにおけるユダヤ人問題ならまだ手がかりがある。
p222
ニーチェとスピノザを徹底して研究していたジル・ドゥルーズ。
フィヒテの知識学「整合的な哲学は二つしかない。ひとつは「我あり」とするデカルト、もう一つが「我」の外なる実体としての神を出発点とするスピノザ」
ヘーゲル「スピノザは近代哲学の原点。スピノザしゅかか、いかなる哲学でもないか、そのどちらかだ」
ベルクソン「すべての哲学者には二つの哲学がある。自分の哲学とスピノザの哲学である」
p223
ピエール・ベール「宗教心がほとんどなくて、それをあまり隠さないのであれば、誰もがスピノザ主義者なのだ」
レッシング「スピノザ哲学以外の哲学はない」
全ヨーロッパの知を賭けた踏み絵として、スピノザは位置づけられてきた。
そこが、プラトンを批判して全ヨーロッパの知を問題にしたニーチェとつながる畏怖。
p224
現在一五〇〇万人とも二〇〇〇万人ともいわれるユダヤ人は、
一、アシュケナージ 九〇% モーセの十二氏族とは違う。
二、スファラディ 一〇% ディアスポラ
スファラディは中世以降ほとんどスペイン。それが十四から十五世紀にかけてスペインをも追われた。
一四九二年、グラナダ陥落。スペインがレコンキスタ完成して、キリスト教社会に。スファラディは改宗するか、移住するか。一部はポルトガルやアフリカへ、一部はオランダなど中部ヨーロッパへ。スファラディの流れに改宗ユダヤ人、すなわちマラーノが混じった。スピノザのルーツ。

p228
「すべては神がつくった」は、神がすべてより先にあった。ゆえに神は論証不要の超越者。
「すべてのものは神の一部だ」というほうは、「神すなわち全」(ヘン・カイ・バーン)ということで、世界と神とは「一にして全」ということになる。これはひょっとすると証明可能である。※科学は、「世界はこういうものだ」と証明しようとしている。

p223
スピノザの論証対象は「神」「実体」「属性」「様態」
スピノザが用意したのは、
一、分類原理「思惟」「延長」
二、機能原理「性質」「集合」
二つの原理をつかって「神の自己作出」を説明し、それが人間の認識にも重ねあてはめるようにしなければならない。
どうするか。

神=人間を
ダイナミックに動かすための
受動力passio と能動力actio を作用させる
これが「認識の三区分説」という仮説。

第一種認識 受動力「表象知」
われわれが知覚によって作動させる「漠然とした経験」や「言葉や記号による認知」
ここでは精神は他律的で、観念に秩序(オルド)はない。
精神はみずからの能動力によって諸々の観念を説明しようとはしない。

第二種認識 能動力1「理性知ratio 」
公理としてあつかった。
ここには「共通概念」が埋めこめるから。

第三種認識 能動力2「直観知」
われわれの観念を充填させるもの。
神との合致感を得るには「直観知」がはたらく。

スピノザはこうした神と人の自己作出のためのプロセスはコナトゥス(意志の努力)が作用して自己保存の傾向をもたらす、と考えた。
スピノザ流認知科学というべきだ。

p233
『ライプニッツ著作集』ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ
p235
「思考と数学と記号」をめぐる巨大な「知のバロック」開幕
先行するデカルト『方法序説』
p236
『方法序説』で幾何学を重視したが、ニュートン指摘のように誤りも多い。その訴えるところはまことに大きかった。
「普遍数学」
代数的な離散量と幾何学的な連続量をごっちゃに扱っている欠陥
p237
ライプニッツは普遍数学の欠陥を前にしつつそこに記号を持ち込み、普遍記号学として確立する構想。、

第三章 西洋哲学史略義 p274

第四章 啓蒙と変革の庭 p328

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