20200131『「私」は脳ではない』マルクス・ガブリエル

20200131『「私」は脳ではない』マルクス・ガブリエル
ハラリとバトルだね。面白そうだ。

『「私」は脳ではない』
マルクス・ガブリエル(ドイツ哲学者。1980年生まれ)
p12
ユヴァル・ノア・ハラリなどの終末論的科学信者たちは、神経中心主義者と同じく「自由な意志などない」と言います。※要約

p69
一九世紀半ばから二〇世紀の、いわゆる実存主義に至るまでの精神哲学の基本の一つは「人間は社会という舞台で自分自身を演じる役者だから自由である」。
実存主義は、「人間はまず存在するものとしてそこにある」。その後、自分は存在するという事態と関連付け、「どのような自分であろうとするのかを常に考えながら行動する(=本質)」。それが人間をすべての生物の中で際立たせている。
それゆえサルトルは言う。「実存は本質に先立つ」

p78
ラリーは黒パンを買うのが目的であり、そういう行動をする。「ラリーの目的設定とは単なる生物学的機能ではないか。目的設定は錯覚にすぎない」という異議がある。このテーゼは、実存主義への応答として、二〇世紀後半にすでに登場している。構造主義だ。構造主義は、「人間の目的は、個々人がシステム構造に帰属していることで呼び起こされる一種の錯覚である。人が自分には表向きの自由しかないと感じるのは、すべての当事者の背後で私たちにある一定の行動をさせている社会的制度や匿名の権力構造のせいである」と言う。私(マルクス・ガブリエル)は、構造主義もポスト構造主義も誤りと考えている。私たちを操る構造があるのなら、私たち自身はすでにその構造の一部であり、私たちが私たち自身を操っていることになる。物事は自分自身で判断するしかないのだ。

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