20200316『17歳のための世界と日本の見方』人間文化講義 松岡正剛 第四講~

『17歳のための世界と日本の見方』人間文化講義 松岡正剛 第四講~

p199
第四講 日本について考えてみよう
日本らしさとは何か~「コード」と「モード」
p202
素材による「コード編集」と、様式による「モード編集」がある。
日本は外国から「コード」、いわゆる文化や技術の基本要素を取り入れて、それを日本なりの「モード」にしていく、様式にしていく。それが古代からたいへん得意な国。
古代から中世までは中国とか朝鮮のコードを輸入。その後は南蛮文化、明治以降はヨーロッパ、最近はアメリカ。
素材としての「コード」を輸入して、それをもとに日本なりの様式としての「モード」を生み出す独特の編集力を発揮してきた。
※モードはスタイルという言葉の方が自分にはふさわしく思える。モードという言葉には馴染みがないので。ただ脚韻を踏んでいるのでコードとモードの方が記憶しやすい。
「外来コードを内生モードにする日本」
p203
こういう日本の「編集方法」にこそ、日本文化の重要な独創的な特質がひそんでいる。

p204 ペルセウス(ギリシャ神話)
https://kotobank.jp/word/%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%82%BB%E3%82%A6%E3%82%B9-130558

日本の神話に戻ってみる p204
p205
フランスのレヴィ=ストロース「神話はブリコラージュ(修繕。編集)されている」
p206
日本にかぎらず、神話は魅力的。生と死をめぐる多様な物語。矛盾していて、暴力的だが、やさしさも哲学も愛もある。セクシャルも。神々は不倫好き。人間の社会や文化が描かれている。トレンディードラマと同じ。

イザナギとイザナミに始まる p207
混沌
造化三神。アメノミナカヌシノカミ(天之御中主神)、タカミムスビノカミ(高御産巣日神)、カミムスビノカミ(神産巣日神)。
「神代七代」
一対の男女神。イザナギとイザナミ。日本のアダムとイブ。
「国生み」「天の浮橋」
オノコロ島(淡路島)「天の御柱」
ヒルコ(蛭子)、水子。葦舟で流す。世界の神話のなかでも特異。のちに大事にせねばとエビス(恵比寿)に。ハンディキャップの神。
p209
「流され王」「貴種流離譚」。障害神が流され商売の神になった。「負」を「正」にした。
※卑しい金が、貴くなった? 経済が政治を超えた。人が神を超えた。

ヒルコで失敗したイザナギとイザナミは島々や自然の神を産むが、ヒノカグツチ(火之迦具土神)を産んだとき、イザナミは陰部をおおやけどして死ぬ。
イザナギは黄泉の国に行くがイザナミの変わりはてた姿を見て逃げる。「よみがえり」
イザナギ「禊ぎ」清め。
左目からアマテラス(天照大御神)太陽神
右目からツクヨミ(月読命)月の神
鼻からスサノオ(須佐之男命)風雨の神

日本神話からわかること p211
「天津神(あまつかみ)」高天原パンテオンにいる。
「葦原中津国(あしはらなかつくに)」天津神が治める人間世界。
「根の国(ねのくに)」闇の世界。
スサノオは母イザナミに会いたいと泣きわめき暴風雨の大災害。怒った父イザナギはスサノオを根の国に追放。
スサノオは姉アマテラスに別れの挨拶。アマテラスはスサノオが高天原を奪いにきたと誤解。
「ウケイ」スサノオ潔白を証明。契約ではなく誓約。
スサノオは勝利宣言してまた乱暴。スサノオは「荒ぶる神」の原型。のちの歌舞伎の「荒事」などにも生かされる。
※アマテラス=和霊(にぎたま)、スサノオ=荒魂(あらたま)。歌舞伎には「江戸の荒事」「上方の和事」と言われる対極的な演技がある。
https://hanamichikai.jp/thought/0903.html

「天の岩戸」「引きこもり」日蝕神話。
p213
アメノウズメがストリップ
タヂカラオ(手力男)
これが「高天原パンテオン」。前半に相当。

スサノオ追放。一転して勇敢な英雄。ヤマタノオロチ伝説。これ以降「出雲パンテオン」「出雲神話」。
闇の世界「根の国」はおそらく出雲近辺。鉄の技術の一族。
p214
高天原や中津国は「大和側」。大和朝廷の母体。
スサノオは出雲の族長の原型。「征服する側」が「征服される側」の神話をたくみに奪って再編集。ブリコラージュ。
出雲に追放されてからのスサノオの大活躍は、もともと出雲一族伝承の物語かも。
宮崎駿『もののけ姫』は出雲側から日本を描いた。
p215
オオクニヌシ(大国主命)「国譲り」
従わせたのが「大和朝廷」を準備していた大王(おおきみ)の一族。のちの天皇の一族。
「天孫降臨」
p216
天孫一族代表ホノニニギ。案内は猿田彦(サルタノヒコ)。日向を出発点にして、全国制覇。「日向パンテオン」
海幸彦、山幸彦、コノハナサクヤヒメ
イワレヒコ(磐余彦)がリーダー(大王)に。日向から瀬戸内をへて大和へ。各地を治めていく。
イワレヒコがのちにカムヤマトイワレヒコ(神日本磐余彦)神武天皇に。「神武東征」
もとの各地のリーダーは「国津神」氏神、地主神。

国の歴史を編集する 神話と言語p218
p218
日本神話『古事記』『日本書紀』誰が編集したか。古事記は天武天皇のオーダーで語り部の稗田阿礼(ひえだのあれ)に語らせて、太安万侶(おおのやすまろ)が万葉仮名、倭語(日本語)で。漢字を強引に音読みした。日本書紀は元正天皇のオーダーで舎人親王が漢文で。正史という意図。
p219
細部がかなり異なる。プロトコルが違う。AndroidとWindows。
日本は長らく無文字社会だった。
p220
漢文で書かれてこそ正当なものと信じていた。それほどに、「文字というものがもつ文化への影響力が大きかった」ということ。
p221
ヨーロッパの歴史でも、国や宗教の闘いは「言語(話し言葉)や文字(書き言葉)」の闘いでもあった。
ヨーロッパは陸続きだから、言葉や文字が混ざった。
日本は大陸端っこの列島ということもあって、漢字だけが入ってきた。六世紀、「仏教」がたくさんの「漢字」を連れてきた。

カミとホトケの戦い p221
六世紀、欽明天皇はとまどった。
百済から献上された
最初は仏教というより、仏像。金メッキで彩色もされピカピカ。
p222
崇仏派 蘇我氏
排仏派 物部氏
推古天皇によって崇仏派が優位に。
p223
聖徳太子(実像不明。通説に従う)
聖徳太子を応援したのが蘇我馬子
太子と馬子は「鎮護仏教国家」を目指す
※時代のスローガン。現代国家群は何を目指すのか。人生は無意味なのに。マルクス・ガブリエルは意味を持たせることが大事だ、人間は数字ではないと言っていた。ならば人生は幻、できるだけ楽しい夢になるように頑張れ、でよい。「一期は夢よ」「遊びをせんとや生まれけむ」

大阪の四天王寺、奈良の法隆寺
「世間虚仮・唯仏是真」
※聖徳太子がすでに喝破

世界は虚構であるというニヒリズム。リーダーがニヒルな社会観を表明とは驚き。
※ほかにも「和をもって貴しとせよ」

p224
聖徳太子はのちの「現世ははかなく、むなしいものである」という「無常観」の先取り。
大化の改新 645 中大兄皇子と中臣鎌足
天智天皇は初めて全国的な戸籍をつくったり、国を治めるための組織や法令を整えた。中国にならったもので、日本の官僚制度。
壬申の乱 672
「日本」という国号を決めた天武天皇は寺も神社と両方。宮廷には柿本人麻呂。
p225
神社を次々つくった。それまではカミは常住するものではなく、訪れるもの降りてくるものだった。
「客神(マレビト)」。日本の神の大きな特徴。
アマテラスを主神とする伊勢神宮(内宮)天津神。カミを祀る儀式を国家行事として定め、天皇の力を示していった。
※千三百年の習慣・刷り込みの強さ。
外宮はトヨウケ(豊受大神)食物神。おそらく地元伊勢の国津神。
p226
別々の神を組み合わせる。神祇信仰といっても多様。
※それが日本文化ということか。しかし排除しつつ組み込むは世界標準。日本は排除の度合いがかなり低いということか。

持統天皇、聖武天皇も引き継ぐ。
この混淆様式を「神仏習合」「多神多仏の信仰」という。かなり考えて国家戦略として組みたてていった。

おとこの漢字、おんなの仮名文字 p227
p228
中国至上主義は江戸時代初期まで続く。現代はアメリカ至上主義。
しかし古代から江戸の日本はきちんと使い分けていた。
政治は中国風の朝堂院で。屋根は瓦葺き、床は石畳、椅子とテーブルで執務。朝廷は朝にまつりごとをやったから。王朝も。
貴族のプライベートな生活の場は、檜皮葺と高床式の白木による純和風。床に直接座る。「内裏(だいり)」といって「朝廷」に対して夜の世界を司る場。この内裏でこそ日本は独自の文化を育んだ。もっとも盛んだったのが「和歌」。季節の移ろい、男女の恋、人の生死を歌う。
になったのは藤原氏ら貴族と、内裏に住む女性たち。「女房文化」。和歌の上手下手が男も女も人間評価に直結。※現代は学校の成績
在原業平は下級貴族なのに、その和歌が人々の心をつかんで、日本人の永遠のヒーローに。物語や能の主人公。(伊勢物語、井筒)プレイボーイ第一号。
p230
女房文化は日本独自の「仮名文字」をつくった。当て字「万葉仮名」をくずし字にして、ついに仮名文字をつくった。
当時「女手」と呼ばれた。
※ギャル文字、ギャル語。

日本的感覚の編集 もののあはれ p232

p233
紀貫之(872~945)日本で最初で最大のジャパニーズ・エディタ(和風文化の担い手)

p235
江戸時代、本居宣長がこれこそ日本人の心といったのが「もののあわれ」、そして『源氏物語』が最高の物語。
※もの=霊として、要は「はかないのう」ってことかな?

p235
人間世界ははかないものだ、そんな感覚「もののあはれ」は、とうてい漢文ではあらわせない。
※中国の心中物語ってあるのか? あの世を信じる文化が強いほど心中率が高くなる?

極楽への道すじ p236

p236
いまは「やまとごころ」というと、男の勇ましさ。本来は違う。女たちの「もののあはれ(はかなさfragile )」こそが「やまとごころ」でした。
p237
一〇五二年、宇治の平等院鳳凰堂が建てられたこの年が末法の始まりだと噂。

p239
浄瑠璃寺(京都と奈良の境)
http://0774.or.jp/temple/jyoruriji.html

旅する西行 p242
「市の聖」空也(903_972 平安。民間における浄土教の先駆者。ちなみに源信942_1027)ネットワーカー。
遊行を真似る人々が出てくる。
p243
西行(1118_1190 清盛の時代)鳥羽上皇の警備隊「北面の武士」。二十三歳で妻子を捨て出家。各地の「歌枕」の地を旅して回った。
p244
歌枕は五〇〇以上あったと言われる。
西行は能因法師(988_1051)に憧れた。晩年は吉野の山中でひたすら桜の歌を詠み続けた。「願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ」

※p245~280 紙にまとめ。2020.3.22撮影
遊行のネットワークp245
「あはれ」から「あっぱれ」へp250
親鸞の教えに学ぶp256
女人結界と悪人正機説p261
連歌の影響力p267
禅の感覚と「引き算」の魅力p271
夢幻と現実の境目で 幽玄の能p275

桃山時代には風流(ふりゅう)踊りが大流行(『17歳~』松岡正剛p249 )

p273
夢窓疎石を筆頭とする禅僧たちは「苔寺」と呼ばれる西芳寺の庭園や竜安寺や銀閣寺、あるいは岐阜の永保寺の庭園をつくる。
※なぜ岐阜が急に?

第五講 ヨーロッパと日本をつなげるp281
「異教の知」ルネサンスの幕開けp281
p281
日本が禅から世阿弥(1363~1443)の時期、ヨーロッパはまさにルネサンス(14世紀 – 16世紀)。

p284
ゴシック

ゴート人っぽい

異教徒

ギリシャ・ローマ

プラトンの哲学、アリストテレスの論理学や自然学(アラビア語でイスラムの「知恵の館」に)

※これではカッコ悪いということで…
p287
十二~十三世紀、トマス・アクィナス、ロジャー・ベーコン、ドゥンス・スコトゥスたちが、
「キリスト教的な信仰」と「ギリシャ・ローマ的な哲学や理性」を調和させるために、ラテン語という特殊な言語を使って、独自の学問体系をつくろうとする。
※世界や人生の説明
キリスト教とアリスト体系を両立させることに挑んだ。ラテン語は、そういうためにつくられた体系言語。
※は?これはいくらなんでもウソでしょ。

十三世紀半ば、かなりうまく融合。このスコラ哲学の頂点の時期がちょうど建築様式としての「ゴシック」に対応していた。
ゴシック建築もスコラ哲学も「神の知(キリスト教の教義)」を現実世界に置きかえるために生まれた(と見るとよい)。
p288
※方法は次の通り。
一、「神の知」を部分部分に分ける。
二、各部分を、合理的・現実的に解釈。
三、再統合する。

※異教徒すなわちギリシャ・ローマをキリスト教に統合したから、ゴシック?

いったん再統合されると、さらに次の新しい方法が生まれていく。建築様式でいえば、ゴシックからグレコ・ローマン(ギリシャ・ローマ様式)。東ゴート王国に眠っていたギリシャ・ローマ文化からルネサンス様式が芽生えた。

※ゴシック→グレコローマン→ルネサンス? つまり鬼っ子の異教(ギリシャ・ローマ)を統合したが、その鬼っ子がどんどんデカくなってルネサンスになった、か。神が人を呑んだつもりが人に呑まれた。

神秘のヘルメス思想 p288
p290
ルネサンスはあやしい世界観。オカルティック。合理や理性ではとらえられない。
錬金術
p292
不老長寿の薬
錬金術=アルケミー=ケミストリ=化学

ヘルメス思想は詳細不明。ギリシャのヘルメス神とエジプトのトート神が習合したヘルメス=トート神の教えとして知られていた。
※もちろんエジプト文明の方が古い。
紀元前後(※イエスの頃)にエジプトで「ヘルメス文書」という膨大な文書が書かれ、キリスト教やユダヤ教やイスラム教ともかかわりながら、秘教として伝授されていった。
p293
ヘルメス思想では、宇宙の原理は一つ。「人間も一つのコスモス」で、人間も宇宙も司る原理は一つ。キリスト教やユダヤ教にはない考え方。(※人間は神の被造物とみなすからか)ヒンドゥー教や仏教に近い。宇宙的な「梵」と人間的な「我」を「対同」させて「梵我一如」とみなす。

十五世紀半ば、マルシリオ・フィチーノはギリシャ語のヘルメス文書の一部をラテン語に訳す。
フィチーノはメディチ家のお抱え学者だった。
p294
メディチ家はフィチーノに学術編集センター「プラトン・アカデミー」をつくらせた。
さて、なぜミケランジェロのモーセ像に角があるのか。ヘルメス思想の影響を受けたキリスト教の教父たちは、ヘルメス神をモーセと同等の預言者として扱っていた。さらにヘルメス神の弟子とされたプラトンのイメージが重なり、ルネサンスの人々は、「モーセ=プラトン=ヘルメス神」と信じられていた。
それらを異教のシンボルである角にあらわしていた。(※異教の統合。ゴシックの延長か)
角は三日月や牛の象徴。月が満ち欠けで変わるように、これからキリスト教だって変わっていくよという予告。(※そうなの?)
このころからキリスト教は大きく変わる。宗教革命。※ルネサンスはキリスト教を変えた。


中世の夜明け p296
一、キリスト教権力の弱体化 十字軍の失敗で教皇庁の権力後退。
p297
二、国王の力が増大 フランスとイギリス。ライバルなので、十四世紀に一〇〇年戦争。
ジャンヌダルク
スペインとポルトガルも浮上。「大航海時代」のはじまり。
三、イタリア 商人がいちはやく近代化スタート。「ヴェニスの商人」
商売の方法は、航海プラン発表して、貴族ら資産家から預託金、東方の珍しい文物を仕入れ、資金提供者に分配。「コンメンダ」「コンパニア」、今日の「カンパニー」の先駆け。
p299
ハイリスクハイリターンでヴェニスの商人はたくましく。
一四五〇年、グーテンベルクが活版印刷術を発明。最初に聖書。
マルティン・ルター「九五カ条の問題提起」
p300
フランスのカルヴァンが厳密な聖書主義。
日本の青山学院、明治学院、関西学院がプロテスタント派。
カトリックはイグナチウス・デ・ロヨラ「イエズス会」。ザビエル。上智大学がイエズス会。カトリックは、聖心女子大、清泉女子大、白百合、南山、ノートルダム、平安女学院など。
活版印刷以降、黙読が始まった。スピードは上がる。

「ゆがみ」と「ねじれ」の宇宙 バロック文化p301
ルネサンス
マニエリスム
バロック
バッハ
ヘンデル
モンテヴェルディ
建築
美術
文芸
「ゆがんだ真珠」ポルトガル語「バロッコ」
p302
ベルニーニの彫刻
一六二〇年ごろ、サン・ピエトロ大聖堂の装飾彫刻をすべて請け負う。巨大な天蓋に四本のねじれたバルダッキーノという柱を。
ベルニーニは「物語性の強調」演劇的でドラマチック
モンテヴェルディ「音楽そのものより物語を表現する歌詞が大事」
バロック文化は必ず二つ以上の焦点
バッハの「フーガ」様式は、二つのモチーフが互いに追っかけっこする。追想曲。
p304
ルネサンスは焦点は一つ。
宇宙は一つ。神秘主義思想の影響もあって、マクロコスモスとミクロコスモスがあるとは考えられていたが、それらは神を中心にして完全に調和しているもの、秩序をもったものと考えられていた。
バロックはその二つが対比。二つは必ずしも完全に対照しあっていない。それぞれが動的で、それぞれが焦点をもつ。
なぜか? バロックは科学革命がおこっていた時代。マクロコスモスとミクロコスモスのそれぞれの法則や秩序が明らかにされていった。
コペルニクスの地動説。
ヘレニズムやキリスト教的宇宙観ではプトレマイオスの天動説。
p305
一六〇〇年、さらに英科学者ウィリアム・ギルバートが『地球磁石論』で、地球は磁石であると言い出した。
日本では関ヶ原の戦い。
イタリアのガリレオが天体望遠鏡で木星の衛星や月の表面を観察。
ドイツではケプラーが「惑星は楕円軌道を描いている。ケプラーの法則」
マクロコスモスは神の手にまかせるものではなく、想像で描くものでもなく、人間が観察によって描くもの。
一七世紀後半、ニュートン「万有引力の法則」
一方、ミクロコスモス
ガレノスの伝統医学を
ヴェサリウスが一新
ロバート・フック 顕微鏡
ウィリアム・ハーヴェイ 血液循環論
オランダのヤンセン親子がレンズを組み合わせると、ものの見え方が変わると発見。

二つの宇宙をもつ社会 p306
p308
シェイクスピアこそ、バロック的な光と影の、神と人間の、生と死の葛藤を物語にした作家。「生きるべきか、死ぬべきか」、二焦点的で、バロック的。
p309
ルネサンス 焦点は一つ。ミクロコスモスは神の被造物。

マニエリスム 編集方法の自由。二つの本来相容れないものを一つにするため。

バロック 焦点は二つ。マクロコスモスとミクロコスモスは対同(ついどうp306 )

人間は「マクロとミクロ」を考える葦p310
後日
p310
ルネ・デカルト(1596~1650)
p311
ブレーズ・パスカル(1623~62)
p312
パスカル「人間は快楽と懐疑のあいだを考える葦である」
p314
パスカル「人間の小さなことがらに対する敏感さと、大きなことがらに対する無感覚は、奇妙な入れ替わりを示している」

ジョン・ミルトン(1608~74)イングランド(イギリス)の詩人。共和派の運動家であり、オリバー・クロムウェルを支持した。
p315
『失楽園』ミルトンは、楽園から追い出されたあとに待っている猜疑に満ちた世界をユートピアにしなければいけない、と考えた。※要はこの世界をどう楽園にするか。

スピノザ(1632~77)『エチカ』神に代わる倫理とは何か。神に合う人間の倫理とは何か。
ライプニッツ(1646~1716)『モナドロジー』物質の原型はアトムで、精神の原型はモナド。人間の精神の極小モナドはどういうものか。※ニューロンの発火?
p316
神が創造した人間を分割するなど、キリスト教では考えられなかった。

サロンと文化として「負」の方法p316
p318
一期一会
寄合
会所
花の御所
唐物荘厳
同朋衆
一遍上人
p319
北山文化 義満
東山文化 義政
日野富子
立花、茶の湯、日本的な水墨画
p320
如拙
周文
一休 茶の村田珠光、能の金春禅竹、連歌の飯尾宗祗
ジャン・コクトー、アンディ・ウォーホル
p322
千利休
「下京茶の湯」から「草庵の茶の湯」
村田珠光から武野紹鴎そして千利休
侘びは、本当は立派な唐物を揃えてもてなしたいけど、こんな粗末な道具しかない、申し訳ない。意図的で自信。心配りに自信があるから質素に。
p323
なにもないから、見る人の想像力に、大きな世界を見せていこう。「負の方法」パスカルの「弱い葦」だから「考える葦」につながる。
日本独自の方法。芸者たちが権力者と並べる恐るべき方法。
もう一つ重要なのは、寄合などの「つながりの文化」。人と人だけでなく、茶碗や花や庭や言葉や書が、それぞれつながっていった。

禅宗から法華へ p324
日蓮 折伏 アグレッシブ
p325
経済力のある町衆と法華宗。禅は公家と武家。(浄土真宗は農民)
法華二十一カ寺。要塞のつくり。
戦闘力のピークが一五三六年、天文法華の乱

p326
蓮如 浄土真宗 一向一揆 反体制
細川晴元が法華衆と一向衆を戦わせる。
本願寺焼き討ち
しかしやがて法華衆は堺に落ちのびる

p327
法華衆は、武力ではなく、芸術や商業で、そのネットワーク力を発揮していく。
この時代の代表する文化人はほとんど法華衆。
狩野派(正信、元信、永徳、探幽)
長谷川等伯
俵屋宗達
本阿弥光悦 京都の鷹ヶ峰に独自のアートヴィレッジ
桃山文化=「禅」から「法華」へ

ルネサンスの利休 p327
本能寺も法華宗
p328
信長の「名物狩り」各地の大名所有の茶道具の名物を奪った。いい茶道具は城の一つや二つと交換できた。つまり大名たちの財産を奪うのと同じ。弱体化させる。
茶道具(唐物趣味)が戦国大名たちに継承されていたから財産価値をもった。
※現代ゴッホとか。サピエンスはおかしいねえ。
シャネル、ティファニー。いわゆるブランド。
※なんなんだろねえ。
p329
「侘び茶」は村田珠光のあとは、堺にいた連歌師の武野紹鴎に引き継がれ、さらに武野紹鴎に師事した町衆たちによって洗練。
自分の「好み」を時代の価値観にしていこうという気概をもっていた。
※永遠をもとめたってことかねえ。

茶道具も、自分の目利きによって国産の道具をはじめとする選ぶ。これを「和物」「国焼」という。
そして利休。利休の何がすごかったか? 自分のディレクションによって新しい美の価値を生んだ。
※リドリースコットとか、ジョージルーカスとかスティーブンスピルバーグとか?
p330
利休はまったく無名だった長次郎という陶芸職人に「楽茶碗」を焼かせた。
p331
利休を茶の指南役にしたのが信長と秀吉。

バロックの織部 p332
利休の精神を継いだのが古田織部。武家でお父さんは信長に従って情報戦略を担当。
※え、情報戦略って…忍者?笑

p333
一五九九年に書かれた織部の茶会の記録がある。奇妙にゆがんだ瀬戸茶碗が使われた。それまでの価値観なら「壊れもの」「損ないもの」をわざわざ茶会で披露。たちまちゆがみ茶碗が評判に。のちに「織部好み」。
p334
織部はさらに美濃の陶工たちを指導して大胆な絵柄を。ピカソやミロに匹敵。
鮮やかな緑色のみ釉薬で大胆に塗り分けた茶碗の上に、自由自在なタッチで風物の断片や幾何模様をパッパッと描いている。
「織部焼き」美濃や瀬戸でいまでもたくさん作られている。
「ルネサンスの利休」「バロックの織部」
p336
利休の茶は正円の世界。茶の湯の精神という一つの焦点だけを極めていった。
織部は、ゆがみやひずみの楕円。バロック。
多様な意匠、色も二色以上。南蛮文化やキリスト教文化すなわち世界と日本が交ざり合っていた。

後日

毎日が「ハレ」悪場所の誕生 p338
悪場所=芝居小屋と遊郭
「武家諸法度」「公家諸法度」「人別帳」「宗門改め」
p339
コントロールしにくいのは遊行民
「芝居小屋」は彼らをコントロールするための許可制のシステム。
p340
「花魁」「太夫」才女
それまでは自分の好きなときに好きなことをして遊ぶ習慣はなかった。盆暮正月以外は年に一、二回だけ、あるいは祭。奉公人もそう。それを「藪入り」という。
p341
祭は抑制を一気に開放。「歌垣」フリーセックス。
しかし遊郭「悪場所」は年中祭。日本の労働と遊びの文化、経済習慣まで変えた。
※経済力がついたからこそ「悪場所」が成立する。商人が上層に進出したからこそ。つまり、近代に近いか。

享保から天明に江戸の吉原には遊女二千人、寛政のころ四千人、天保のころ七千人。
p342
芝居小屋からは「歌舞伎」
かぶく=too much やりすぎ
慶長のころ、出雲から阿国、歌舞伎ルーツ
やがて「女歌舞伎」幕府が禁止
つぎに「若衆歌舞伎」ジャニーズ、男色で殺傷事件まで。
つぎに「野郎歌舞伎」大人の男。これが歌舞伎の原型。やむなく女の役を男が。
p343
元禄時代、市川団十郎「荒事」もともと成田不動尊信仰。
「見得を切る」不動明王の姿。「もどき」芝居も、曽我五郎という主人公の仇討ち。五郎も「御霊」という言葉の「もどき」。不動明王の御霊。
もどき=もともとの本体を真似つつも、ちょっと別のニュアンスのものにする。
この「もどき」にこそ日本の芸能の発生の起源がある。
※「まね」から始まる芸術、か。
p344
後日

世界が町の中でも見えてくる p345
※神が死ぬと、縛りがなくなり乱れる。秩序崩壊、悪くて狡い奴が栄える、か。

p346
十六世紀は世界中で一斉に専制君主が出揃った。イギリスのエリザベス女王と信長がほぼ同い年(信長が一歳年下)。
スペインはフェリペ二世の全盛期「太陽の沈まない帝国」
オスマントルコのスレイマン大帝
ロシア帝国のイワン雷帝
インドのムガール帝国のアクバル大帝
共通点は、権力を握ってまもなく宗教情報を完全に押さえコントロールした。そのため、長らく人間文化を支配してきた宗教というものが大きく変わっていった。
人間文化のすべてが全知全能の一人の神につながるという世界観が崩れ、「中心からそれていく文化」になり、あらたにたくさんの中心をもつ文化が生まれていった。それがバロック。
バロックは「もう一つの世界」に人々が熱中していった世界。
かつては神の世界が「もう一つの世界(天国、永遠の幸福の国)」で、信仰でその国に近づけるという物語を人々は信じていた。
しかしこの時代の「もう一つの世界」は、地球上に存在する未知の国々、あるいは想像力によって描くバーチャルな別世界。
p347
シェークスピアも歌舞伎もそういう別世界を見せた。※現代のエンタメ・芸能もそう。その意味ではバロックの延長が現代か。
後日

エリザベス女王
ルドルフ二世 神秘主義的宇宙観
シェークスピア 世界劇場

p348
ケプラー
ニュートン

p349
物心二元論コスモロジー 機械論的世界観

p350
デカルト
パスカル

イギリスには経験を重視した思想が次々に生まれた。
ドイツにも観念や理性を対象にする思想が次々に生まれた。
ニュートン=デカルト的な機械論的世界観(メカニズム)に対して、有機論的世界観(オーガニズム)を形成した。

文化とは「たらこスパゲッティ」p351
後日

おわりにp359

p364
本書は『帝塚山講義』(松岡正剛編集2003~2004)を増補改訂。

#文芸部

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