20191227『昨日までの世界』ジャレド・ダイアモンド

20191227『昨日までの世界』ジャレド・ダイアモンド

日本語版への序文
p3
本書は次の二つの違いを浮き彫りにする。
一、現代の工業化社会(西洋社会)
二、伝統的社会(狩猟採集や農耕や牧畜を生業とする古今の社会)
そして、そこ(=昨日までの世界)から判明する叡智をどのようにわれわれの人生に取り入れるかを解説する。
p4
本書では、次のような人類に普遍的なテーマを紹介する。
健康
子ども
高齢者
言語
宗教
交易
生命への危険
紛争解決
「われわれ」と「見知らぬ他人」との関係
(略)
高齢者の経験をどう活かすべきか?
どうすれば高齢者の生活の質を高められるか?
急激に変化する社会の中で、どういった子育てがベストか?
伝統的死因…伝染病、飢饉、暴力行為、周辺環境からの危険
日米の代表的死因…脳卒中や脳梗塞、糖尿病、心臓など循環器系の病気、癌といった非感染性疾患

プロローグ 空港にて
p14
一九三一年、ニューギニア高地人が「発見」された。※昭和六年、満州事変。
石器を使用する村人が一〇〇万人も暮らしていた。
p18
二〇〇六年と一九三一年のニューギニア高地人の違い(は次の通り)。
p19
金属、文字、機械、飛行機、警察や政府、太りすぎた人、見知らぬ他人に出会っても恐怖しなくてよい。
※見ず知らずの不審者は殺されるのが普通だった。
p18
これほどの違いの理由は、世界の大半の人々が数千年かけて辿った変化の過程を、ニューギニア高地人たちが直近の七五年で駆け抜けたため。
p19
人類の祖先とチンパンジーの祖先が分かれたのは六〇〇万年前。金属をはじめとする前記のものは人間社会には存在しなかった。これらは、世界の一部に、一万年ほど前にようやく現れた。
ニューギニアは「ある面」では、六〇〇万年におよぶ人類の歴史からみると、「昨日までの世界」を映した窓といえる。
p20
一九六四年、(ジャレド・ダイアモンドは)二六歳で初めてニューギニアを訪問。衝撃を受けたが、数十年のあいだに、共通の土台があるのではと思った。
p22
そうではなかった。最後には私も、さまざまな基礎部分は、みなが同じではないと気づいた。伝統的社会では現代社会との類似点と相違点が混在している。
数字の数えかた(*)、配偶者の選びかた、両親や子どもへの対応、危険に対する認識のしかた、友情という概念は異なる。
(*)抽象的数字を使わない。具体的に描いて視覚に訴える。※億など巨大数字は不要ということか。

狩猟採集社会から農耕社会への移行は、一万年ほど前。金属器がつくられたのは七〇〇〇年前。国や文字ができたのは五四〇〇年前。人類六〇〇万年の歴史からみると一瞬。
人類は現代社会よりもはるかに長い時間を伝統的社会(=昨日までの世界)で過ごしてきた。

p25
伝統的社会とは、人間社会をどのように築くかという問題をテーマにして何千もの自然実験をおこなった結果。

p26
どんな国家も、食料生産にたずさわるのは人口の一部。現代社会では二パーセント。それ以外の人は行政(士)・製造(工)・交易(商)で忙しい。農家の余剰生産物で生きている。

p27
人口が一万を超えると官僚がいないと社会は回らない。無政府主義は非現実的。

p29
紀元前三四〇〇年以前には国家など存在しなかった。

p31
エルマン・サービスは、人口規模の拡大・政治の中央集権化・社会成層の進度によって人間社会を四つに分類した。
一、小規模血縁集団(バンド)数十人、大半は一万年前まで。一四九二年のコロンブスの航海以降も、オーストラリア、北極圏、南北アメリカ、アフリカ大陸のサハラ以南などの生物生産性が低い砂漠や森林地帯はバンド。

二、部族社会(トライブ)数百人。見知らぬ他人はいない程度。ときに氏族(クラン)という血縁集団に分かれる。※飛鳥時代か。
地域によっては、少なくとも一万三〇〇〇年前には出現。

三、首長制社会(チーフダム)数千人。地域によっては、五五〇〇年前には出現。

四、国家(ステート)紀元前三四〇〇年ごろ以降。征服や高圧的な合併を経て登場。

日本語版への序文
p3
本書は次の二つの違いを浮き彫りにする。
一、現代の工業化社会(西洋社会)
二、伝統的社会(狩猟採集や農耕や牧畜を生業とする古今の社会)
そして、そこ(=昨日までの世界)から判明する叡智をどのようにわれわれの人生に取り入れるかを解説する。
p4
本書では、次のような人類に普遍的なテーマを紹介する。
健康
子ども
高齢者
言語
宗教
交易
生命への危険
紛争解決
「われわれ」と「見知らぬ他人」との関係
(略)
高齢者の経験をどう活かすべきか?
どうすれば高齢者の生活の質を高められるか?
急激に変化する社会の中で、どういった子育てがベストか?
伝統的死因…伝染病、飢饉、暴力行為、周辺環境からの危険
日米の代表的死因…脳卒中や脳梗塞、糖尿病、心臓など循環器系の病気、癌といった非感染性疾患

プロローグ 空港にて
p14
一九三一年、ニューギニア高地人が「発見」された。※昭和六年、満州事変。
石器を使用する村人が一〇〇万人も暮らしていた。
p18
二〇〇六年と一九三一年のニューギニア高地人の違い(は次の通り)。
p19
金属、文字、機械、飛行機、警察や政府、太りすぎた人、見知らぬ他人に出会っても恐怖しなくてよい。
※見ず知らずの不審者は殺されるのが普通だった。
p18
これほどの違いの理由は、世界の大半の人々が数千年かけて辿った変化の過程を、ニューギニア高地人たちが直近の七五年で駆け抜けたため。
p19
人類の祖先とチンパンジーの祖先が分かれたのは六〇〇万年前。金属をはじめとする前記のものは人間社会には存在しなかった。これらは、世界の一部に、一万年ほど前にようやく現れた。
ニューギニアは「ある面」では、六〇〇万年におよぶ人類の歴史からみると、「昨日までの世界」を映した窓といえる。
p20
一九六四年、(ジャレド・ダイアモンドは)二六歳で初めてニューギニアを訪問。衝撃を受けたが、数十年のあいだに、共通の土台があるのではと思った。
p22
そうではなかった。最後には私も、さまざまな基礎部分は、みなが同じではないと気づいた。伝統的社会では現代社会との類似点と相違点が混在している。
数字の数えかた(*)、配偶者の選びかた、両親や子どもへの対応、危険に対する認識のしかた、友情という概念は異なる。
(*)抽象的数字を使わない。具体的に描いて視覚に訴える。※億など巨大数字は不要ということか。

狩猟採集社会から農耕社会への移行は、一万年ほど前。金属器がつくられたのは七〇〇〇年前。国や文字ができたのは五四〇〇年前。人類六〇〇万年の歴史からみると一瞬。
人類は現代社会よりもはるかに長い時間を伝統的社会(=昨日までの世界)で過ごしてきた。

p25
伝統的社会とは、人間社会をどのように築くかという問題をテーマにして何千もの自然実験をおこなった結果。

p26
どんな国家も、食料生産にたずさわるのは人口の一部。現代社会では二パーセント。それ以外の人は行政(士)・製造(工)・交易(商)で忙しい。農家の余剰生産物で生きている。

p27
人口が一万を超えると官僚がいないと社会は回らない。無政府主義は非現実的。

p29
紀元前三四〇〇年以前には国家など存在しなかった。

p31
エルマン・サービスは、人口規模の拡大・政治の中央集権化・社会成層の進度によって人間社会を四つに分類した。
一、小規模血縁集団(バンド)数十人、大半は一万年前まで。一四九二年のコロンブスの航海以降も、オーストラリア、北極圏、南北アメリカ、アフリカ大陸のサハラ以南などの生物生産性が低い砂漠や森林地帯はバンド。

二、部族社会(トライブ)数百人。見知らぬ他人はいない程度。ときに氏族(クラン)という血縁集団に分かれる。※飛鳥時代か。
地域によっては、少なくとも一万三〇〇〇年前には出現。

三、首長制社会(チーフダム)数千人。地域によっては、五五〇〇年前には出現。

四、国家(ステート)紀元前三四〇〇年ごろ以降。征服や高圧的な合併を経て登場。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中