20190705戦神(大友の戦神、戸次鑑連(べっきあきつら))

20190705戦神(大友の戦神、戸次鑑連(べっきあきつら))
p3
元亀三年(一五七二)九月、~「織田より使者が」武藤(のちの真田)昌幸が武田信玄に。~信長は近ごろ、信玄の西進を怖れ、毎月のように進物~駿河を併呑した信玄の目標は天下。北条氏政との甲相同盟も成り~「時は、来た」本願寺、浅井、朝倉とともに、信長を包囲、殲滅する。~織田、徳川との決戦は年内。
p4
今、天下に風雲を巻き起こしているのは、信玄と信長だった。「上杉謙信との和睦につき、公方(足利義昭)様から使者」「無駄な。謙信は信長と結ぶと決めておる(。和睦などできぬ)」力なき将軍の使者に、七カ国にまたがる強国をつくった大大名の信玄が会う必要なし。
※以下、自作には不要。
「わしが畿内を征したころ、中国、九州はどうなっておるかのう」毛利元就は昨年病没。「九州は六カ国を征した大友家」「なぜ強い? あの男か?」「御意。大友の戦神、戸次鑑連(べっきあきつら)」「戦の深手で、馬にも乗れず、歩けぬのでは」「輿に乗り、なお陣頭とか」「死ぬまでに会ってみたいものよ」

p125
五 替え玉の総大将
大永六年(一五二六)二月、

p166
天文三年(一五三四)秋、
p171
大友軍は菊池義武の隈本城の救援は車帰の地で反乱軍を前後から挟撃予定。
p187

p198
四年前、足利将軍が仲裁、大友家は宿敵大内家と和睦。さらに戸次鑑連が肥後から菊池義武を駆逐して平和に。

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