私たちはどこから来て、どこへ行くのか 森達也 ~八章

『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』

第二章 人はどこから来たか 諏訪元(人類学者)

p64 一九九二年一二月、諏訪元はエチオピアのアファール盆地の一角であるアワッシュ川下流域に属する四四〇万年前の地層から、ラミダス猿人の上顎部臼歯の化石を発見した。今のところ最古の人類だ。

これ以前に最古の人類として有名だったのが、一九七四年、エチオピアで三一八万年前の化石人骨が発見されたルーシー(アウストラロピテクス・アファレンシス)だ。

第四章 生きているとはどういうことか 団まりな(生物学者)

p140 最小の生きている単位である「細胞」には、三段階の階層がある。

原核とハプロイド(染色体が単体一セットの細胞)とディプロイド(染色体が二倍二セットの細胞)。(略)

p141 ディプロイド細胞には致命的な欠陥(※欠陥なのか?)があった。分裂回数に制限があることだ。この欠陥を乗り越えるために、ディプロイド細胞は自分の身体をいったんはハプロイドに戻し、合体して新規のディプロイド細胞をつくり上げる。つまり有性生殖だ。(略)

ならば、僕たち二倍体の生きものの身体を構成するディプロイド細胞は、なぜ分裂回数に制限を与えられたのか。※あるいは与えたのか。

団「今のところは観察事実としか言えない。でも私は〈組み立てたものだから〉と考えている。組み立てられたものだから、ときどきリニューアルしないと、間違いや劣化が蓄積される。だから組み立てられたものは無限に続いてはいけない」

自分がやがて死ぬ(この世界から消える)ことに、ああそういうことだったのかと納得はできない。誰に悪態をつくべきか。ディプロイド細胞か、自然の摂理か、造物主の意思か。

団「ディプロイド細胞は自分たちが二つのものの寄せ集めだとわかっているはず。そしてこんな状態(で分裂)を無限に続けたら、いずれ自分のシステムが矛盾をきたすこともわかっている。私たちの身体の細胞は〈何回くらい分裂したら止めた方がよい〉ことを知っている。こうして私たちは捨てられて、次世代が出てくる。人間自身のリニューアルです」

何だよ八〇年で終わりかと思ってしまう。細胞どころか自分自身(※意識、魂)のアポトーシスだから。

団「いいんです。リニューアルの方法が組み込まれているんです。〈私(※意識、魂)がまた私になる〉のではなく別の個体になるのではあるけど、このとき〈私(※意識、魂)〉は重要ではない。自分(※細胞というか遺伝子か)のシステムをもう一度つくれるのだから、いまあるもの(※身体)が解消してもかまわない。そんな感じであっさりしているのだと思います。でも細胞たちも〈生きたい〉という意思があることは明確です。絶対に死ぬのはいやだ。そのために工夫する。その工夫の結果として、いろいろと複雑になってきたのです」

脳がない生きものや細胞は、ふるまいは同じように見えても、同列に考えられない。細胞の意思やモティーフはどこにあると思えばいいのですか。

団「代謝がわかっていないですね。(脳のような)特別な場所は存在しません。(略)細胞構造の成立そのものが、自らのメカニズムや機能に立脚した抜き差しならないバランスの上に成り立っています。生きるモティーフは細胞そのものに内在します」

つまり団は、生命活動の本質は絶えず代謝を繰り返すシステムであると言いたいのだ。福岡伸一の言葉を借りれば、動的平衡を保とうとするシステム。

※この四次元の時空間には〈魂〉の存在する余地はなさそうだ。宗教は、魂と異次元とのリンクや量子論的存在などを考えるしかなくなる。

p149 きっと意思と脳もイコールでは結ばれない。

p150 団「原初の細胞で今も生き残っているのは一つだけ。今生きているすべての生物で、遺伝子のコドン(遺伝子の最小単位)は共通しているから」※ATCG

ちょっとした畏怖感。生きものはすべて同じ。

団「すごいですよねえ。植物でも何でもみんな一緒なんだから。つまり生命はすべて、一個の原初の細胞から分岐して、一度も新しく付け加えられることもなく、私たちまで運ばれてきたといえるんです。」

第五章 死を決めているのは誰か 田沼靖一(生物学者)

p159 人の身体を遺伝子から見れば、「夢の宿屋」ということになります。

第六章 宇宙に生命はいるか 長沼毅(生物学者)

p201 長沼「地球は四〇(※四六)億年続いているからすごく長命の渦巻き。そして渦巻きがあったほうが明らかに、全体を取り囲む環境も含めたエントロピーが早く増大していると思われる(※根拠は?)」

p204 長沼「私は生命を宇宙のターミネーターと呼んでいます。(宇宙に)終焉を迎えさせるもの。(略)生きものが渦(秩序。パターン。エントロピー=非パターン)だとして、人間はその無数の渦(生命)の中でも例外的な渦でしょう。人間の自然破壊の営みはすべて、エントロピー増大を促進させている。(略)」

第七章 宇宙はこれからどうなるか 村山斉(物理学者)

p211 村山「近年、宇宙において原子が占める割合はおよそ五パーセントにすぎないとわかってきた。宇宙のおよそ二五パーセントが暗黒物質、そして七〇パーセントは暗黒エネルギー。(略)これはある意味、天動説が地動説に変わったのと同じくらい革命的。」※コペルニクス的転回

p211 村山「宇宙は原子よりもはるかに小さいミクロの世界と推測されるようになった。その宇宙に星ができて、銀河ができて、人間が生まれてくる。これはすべて不確定性関係の中で起きる量子力学的なゆらぎによる。(略)量子力学はさまざまなパラドックスを抱えていて、観測問題もその一つ」

p212 量子力学(コペンハーゲン解釈)において粒子はさまざまな状態(※?)が「重なり合った状態」で存在するとされている。ところが観測機器によって粒子の現在を観測するとき、この「重なり合った状態」は何らかの状態に収束する。これを表す思考実験が「シュレーディンガーの猫」。(略)箱の中で猫は生きている状態と死んでいる状態が一対一で重なりあっていると解釈する。共存ではない。重なり合っている。ここがポイントだ。ただし箱の蓋を開けた瞬間に、どちらかの状態に収束する。素粒子の多くはこのようにふるまう。常に確率的。上にあるならば下にある状態と重なり合っている。右回りスピンと左回りスピンも重なり合っている。感覚的には納得できない。

p213 村山「確率はある程度予言できるけれど、一回ごとの実験の答えは予言できないなんて言われてもいまいちピンと来ないですよね。さらに、実験で答えが一つに決まってしまう(収束する)ことの意味もよくわからない。だから、多世界解釈(量子力学に基づいた世界観の一つ。観測とは無関係に、世界すべてがあらゆる状態の重ね合わせである、とする解釈)などが発想されました」

p214 村山「真空とは何もないということですが、実はふつふつとエネルギーが湧いています。質量もあります。この真空エネルギーが、暗黒エネルギーにつながっていくわけです」

これが量子力学的なゆらぎならば、真空の空間から、このエネルギーを取り出したりはできないですか。

村山「こういう量子力学的なゆらぎが必然的にあるということが不確定性です。」

ほとんど禅問答だ。

村山「ゆらぎの効果は測定できます。二枚の金属板が近づけば近づくほどエネルギーが減る(※エントロピー増大?)。つまり得。だから、引力が働く」

※〈真空〉とは、四次元の時空間では何もないが異次元とつながっているということか?

p216 結局のところ最先端科学は感覚を超える。そもそも人の感覚は、とても脆弱で狭い範囲のものだから。そう思おう。でないと話が進まない。

p218 村山「一九九八年、宇宙の膨張は速くなっていることがわかりました。(略)理由はいまだにわかっていない」

暗黒物質は銀河の運動から推測されて存在が証明された。宇宙の加速を説明するために暗黒エネルギーという発想が出てきた。観測できないのが不思議です。

村山「暗黒物質は光に反応しない物質です。ニュートリノも光に反応しない。だから存在自体は、それほどおかしなことではない。(略)ここ数年から一〇年ぐらいで、その正体がわかる可能性は充分にある」

※宇宙の終焉論

一、宇宙の熱的死
二、ビッグリップ (Big Rip)
三、宇宙の低温死 (Big Freeze / Big Chill / Cold Death)
四、ビッグクランチ

p220 永遠に加速すれば光速を超えます。

村山「いいんです。アインシュタインは、ものの運動が光速を超えてはいけないと言っている。けれども銀河は宇宙に乗っかっているだけで、基本的には止まっている。(略)」

…つまり空間の膨張は、速さとは違うということなのだろう。何となく腑に落ちない。

p223 村山「ビッグバン以前の時間は虚数だったというのはホーキングが唱えた説。時間が虚数だとすると、過去にも未来にも行ける。そうすると、始まりはなくなる。ビッグバンで時間が実数になると、そこから時間が流れはじめて一方にしか行けなくなる。宇宙が大きくなる。」

p224 村山「宇宙の解明には、数物連携が前提」

p228 村山「一〇億人の友達を犠牲にして、我々だけが生き残った」

われわれは何ものなのか。「宇宙創世記に物質と反物質がほとんど消える中で残されたほんのわずかな物質の末裔である」

p229 宇宙は人間のためにできたと考えることも可能ですね。人間原理です。俗世的な感覚で、最先端にいる村山さんからすれば一笑に付すべきことかもしれませんが。

村山「いや、そんなことないですよ。確かにこの宇宙はうまくできすぎていると思います。(略)そういう例はいっぱいあります。(略)神秘主義、宗教、人間原理。でもそれは逃げているだけなのかもしれない」
p231 村山「よく宇宙は無から創造されたと聞きますが、あれも言っているだけで、本当のところはわからないです」

村山「解までは行かなくても、少しずつ進歩はできるのではないかとは思っています。(略)宇宙が始まってから一兆分の一秒のところまではある程度解明できている。とにかく次まで、という夢と期待をもって頑張っている」

村山「インテリジェント・デザイン、宇宙に意志を感じているか、ということですか。私もそうですよ。そもそも一〇〇年も生きない人間が、一三八億年前の宇宙とか、宇宙ができてから一兆分の一秒とか、そんなことについて議論していることだけでも信じがたい。」

一線の科学者と宗教はむしろ親和性が高いですよね。

村山「そうですね。私もクリスチャンですし」

アンビバレントにおちいることはないですか。

村山「でも、神がいないということを科学が証明できるわけではないので。これに関しては何とも言えないです」

第八章 私とは誰なのか 藤井直敬(脳科学者)

p244 藤井「僕は「人という生きものを変えたい」と思っているのです。人は数千年のあいだ変わってないし、(略)ついには原子力爆弾までつくってしまった。そんな人そのもののありかたを、何らかの形で変える方向がないか探しています。(略)今まで自分の身体の中で完結していたシステムを、外部システムとつなぐ技術」※ポストホモサピエンス。ブルースウィリスの映画。アンドロイドが働いて本人はカプセルの中で眠っている。あるいは睡眠状態でアンドロイドをコントロールしている。

p245 藤井「これだけみな賢くなったのに(戦争や虐殺は)有史以前と変わらない。その思いが大きなモチベーションです。」

p246 藤井「人の幸せがどこにあるかと考えたとき、やはり他者との「関係性」の中にしかないと思います。(※その関係性がもたらすホルモン分泌。カネではない)SNSも、現状ではあまり関係性を変えられていない。ならばさらに身体の中に踏み込んで、暴力的に何かを揺さぶらないとダメなのかなと思い、開発に取り組んだのがブレイン・マシン・インターフェースであり、SR(代替現実substitutional reality)システムです。」

p247 藤井「死というものが隠された社会は、本当に不健全だと思います。人の命が無限に重いみたいなことが普通に言えてしまう。僕はそこにとても強い違和感がある。人もアリも命は同じです。僕たちだって必ず死にます。死ぬまでの時間を幸せに生きるにはどうしたら良いか、人を幸せにするにはどうしたら良いか…。宗教家はずっとそうしたことを言ってきたはずだけど、あまり幸せにはしてくれていないですよね。確かに瞬間的な幸せはありますが、それは宗教に頼らなくてもたくさんあります」

幸せという感覚だけで考えるならば、要は脳内物質を出すような装置を開発すれば、とりあえず幸福や至福の感覚は得られます。要するにオルダス・ハクスレーが『素晴らしき新世界』で描いた未来社会だ。

藤井「でもいつかはそこから戻らねばならない。ならばさらに辛いですよね。」

※結局、「永遠の魂」がなければ「すべては無意味」となる。

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