動的平衡 福岡伸一

p34 ヒトの身体を構成している分子は次々と代謝され、新しい分子と入れ替わっている。それは脳細胞といえども例外ではない。脳細胞は一度完成すると増殖したり再生することはほとんどないが、それは一度建設された建造物がずっとそこに立ち続けているようなものではない。脳細胞を構成している内部の分子群は高速度で変転している。その建造物はいたる部分でリフォームがくり返され、建設当時に使われていた建材など何一つ残ってはいない。

p36 記憶はおそらく細胞の外側にある。細胞と細胞の間に。神経細胞(ニューロン)はシナプスという連携を作って互いに結合している。結合して神経回路を作っている。(略)個々の神経細胞の中身のタンパク質分子が、すっかり入れ替わっても、細胞と細胞が形作る回路の形は保持される。

第2章 汝とは「汝の食べた物」である

p77 コラーゲンをたくさん食べれば、肌の張りを取り戻せるか。答えは端的に〈否(いな)〉である。

コラーゲンは体内でバラバラのアミノ酸に分解されてしまう。(略)もし皮膚がコラーゲンを作りたいときは血液中のアミノ酸から必要な量を作るだけである。(略)ついでに言うと、巷(ちまた)では〈コラーゲン配合〉の化粧品まであるが、コラーゲンが皮膚から吸収されることはありえない。

※ちなみにDHAは脂肪酸なので、コラーゲンのようなアミノ酸とは話が違う?

第5章 生命は時計仕掛けか?

p140 二〇〇七年ノーベル医学生理学賞は「ノックアウトマウス」を生み出したマリオ・カペッキ教授(米ユタ大)とオリバー・スミシーズ教授(米ノースカロライナ大)、ES細胞の樹立(ノックアウトマウス創出の基となった)に貢献したマーティン・エバンス教授(英カーディフ大) も共同受賞。

p141 ヒトやマウスのような哺乳動物は、約二万数千種類のタンパク質が細胞内外のあちこちに散らばって、それぞれ生命活動を演出している。

p145 ヒトの身体は六〇兆もの細胞からなり、(略)

p149 エバンス博士は、受精卵が発生を開始してしばらく経ち、細胞分裂がかなり進行して、最初は一つだった受精卵が何百個かの細胞の塊となったある時点で、細胞の塊を一つずつバラバラにして、シャーレの中で育ててみることにした。

p150 ある時、とうとう、ばらされてもシャーレの中で生きながらえる細胞を見つけ出した。〈分化の時計を止めたままでいられる〉細胞をえた。一九八一年のこと。

p155 iPS細胞(ES細胞と同質で、より簡単に胚以外の細胞から作り出せる )

p164 ドリー 核移植された卵は二七七個、仮の代理母の輸卵管でうまく発生が進行したものはこのうちの二九個、これが一三頭の代理母に移植され、一頭だけが妊娠し、クローン羊ドリーが生まれた。

まだ誰も、ES細胞を意図的にコントロールして、任意の専門細胞に分化させることに成功してはいない。

p166 欠落しているのは、生命にとっての〈時間〉 という観念である。タイミングとパーツは時間に沿って組織化され、それぞれの時点で何がどのように起きるかはたった一回限りの現象であり、不可逆なものである。これを無理矢理ほどいて再プログラミングしようとしているのが、クローン技術であり、ES細胞である。

時間に対して作用を及ぼせば、私たちはそのツケをどこかで払わねばならないだろう。それが動的平衡というもののふるまいだから。

第6章 ヒトと病原体との闘い

p169 日露戦争では三万人近い兵士が脚気で倒れた。海軍軍医高木兼寛は脚気の原因をある種の栄養素の欠乏と考え、海軍の食事を変えた。白米だけだった主食に大麦を混ぜた。これで海軍は脚気を鎮圧。陸軍は「脚気は病原体による感染症」説が主流。第二軍軍医部長森鴎外が主張。海軍の実績を無視して三万人近い兵士が脚気で死ぬ。

論争を終わらせたのは、農芸科学者鈴木梅太郎博士によるビタミンB1発見。一九一〇年。米糠から抗脚気因子、アベリ酸(のちにオリザニンと改名ビタミンB1 )発見。世界初のビタミンの発見。森鴎外は「農学者が何を言うか。米糠で脚気が治るわけがない」と言い、死ぬまで脚気菌を探していたという。

p172 ロベルト・コッホ

一八七六年炭疽菌

一八八二年結核菌

一八八三年コレラ菌

門下生たちの業績 ガフキー腸チフス菌 レフラージフテリア菌 ノーベル医学生理学賞(ベーリング血清療法、エールリヒ細菌感染の化学療法)

北里柴三郎 破傷風菌 一八九四年ペスト菌発見 北里は母校東大の脚気菌説を批判。帰国後冷や飯。福沢諭吉が援助。私立伝染病研究所を設立し、北里を初代所長に。大正年間、研究所が東大に合併。北里は所長辞任。志賀潔以下、研究所職員全員が北里に従う。北里は私費で北里研究所設立、志賀らとともに一派をなす。一九一七年、慶応大学医学部創立に尽力、初代学部長に。

パプアニューギニア クールー病 フォレ族 一九五〇~六〇年代 のちにノーベル医学生理学賞のガイジュセック 死者の脳を食べることを止めさせたら、クールー病は一世代のうちにほとんどなくなった。 病原体はプリオン悪性タンパク質(定説)

p182 抗生物質の発見

一九二九年 英国人医師フレミング「アオカビが産生する物質が黄色ブドウ球菌の生長を妨げたのではないか?」抗菌物質を発見。ブドウ球菌増殖酵素を妨害していた。アオカビの属名からペニシリンと命名。(略)第二次世界大戦では多くの負傷兵を感染症から救う。

p184 いろいろな抗生物質発見。特効薬のなかった病気が次々に克服。結核菌を退治するストレプトマイシンは代表。

p185 いたちごっこ

登場から数十年を経て、ストレプトマイシンの効かない結核が流行りだした。進化だ。それらにはイソニアジドやリファンピシンを。(略)現在では、多剤耐性菌がゴロゴロしている。強い抗生物質メチシリンに対抗できるMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)が代表。究極の抗生物質バンコマイシンも破られた。さらに〈種の壁〉を破る菌もあらわれた。

p187 二〇世紀も近くなった頃、イワノフスキーが、最近ではない病原体、濾過性病原体=ウイルスが存在することをつきとめた。

p188 視覚的確認は電子顕微鏡を待たねばならなかった。一九三一年、初の電子顕微鏡がベルリン工科大学クノールとルスカによって開発。一九三八年、シーメンス社が販売。

ウイルスの特徴

一、細胞質なし。タンパク質と核酸からなる。

二、ウイルスはDNA またはRNA どちらか一つの核酸しかない。

三、ウイルスは一段階増殖(コピーがコピーをつくる)。他の生物細胞は2n(二倍体)で指数関数的に増殖。

四、単独増殖不可。他の細胞に寄生して増える。

五、自分でエネルギー産生しない。宿主細胞がつくるエネルギーを利用。

p191 ウイルスは個体差がない。幾何学的模様である。※未来人類

ゆえに規則正しく集合すると結晶化する。結晶化しても〈死なない〉。そしてまったく代謝していない。すなわち栄養をとらず、排泄もしない。呼吸もしない。これが驚くべきことに自己複製能力をもつ。繁殖する。(略)ワクチンは毎年受ける。毎年インフルエンザウイルスは、〈鍵〉を変え、〈コート〉も変えるから。

p195 抗生物質はウイルスには効かない。細菌とウイルスはまったく違うから。

p196 最近タミフルが効かないインフルエンザウイルスがあらわれた。いたちごっこ。

p197 狂牛病は、元々は羊のスクレイピー病が起源。英ウィルソンは、一九三〇年代から五〇年代の研究で、その病原体の驚くべき性質を明らかに。スクレイピー病の病原体は三〇分煮沸しても、二ヶ月間冷凍しても死なない。(略)そして病原体による感染症であるにもかかわらず、宿主に免疫反応がまったく起こらない。つまりワクチンはつくれない。

p198 結論は、スクレイピー病の病原体は細菌でもウイルスでもないということ。

p199 スクレイピー病の病原体は最小ウイルスの一〇〇〇分の一程度。核酸をもたない生物?(=複写しない)

p200 一九八二年二月一九日、カリフォルニア大学プルシナー博士、細菌でもウイルスでもない病原体を〈プリオン〉と呼んだ。

p201 プルシナーによれば、病原体プリオン異常型が体内に入り、体内の正常型を異常型に変形させる。これが核酸をもたない病原体プリオンが増殖するメカニズム。これにより一九九七年、プルシナーはノーベル医学生理学賞受賞。しかし疑問をもつ研究者は少なくない。

第7章 ミトコンドリアミステリー(母系だけで継承されるエネルギー産出の源)

p206 ミトコンドリア=酸化によってエネルギーを産生する粒子。多い場合は一つの細胞内に数千個。人体は六〇兆個の細胞なので、京という数のミトコンドリアが棲息している。ミトコンドリアはエネルギー生産工場ゆえに常に活性酸素にさらされる。両刃の剣でミトコンドリアDNA を傷つける。これが老化と密接に関係することが最近明らかに。進化も、性の発生も、人類史も、老化もミトコンドリアの技。

p208 ミトコンドリアのもとになった小型の細菌は、その酸化能力でエネルギー(ATP)をつくり、大型細菌に供給。宿主の大型細菌は、小型細菌を体内で守り、必要な栄養素を与える。寄生でなく共生。

p209 唱えたのはボストン大学女性科学者リン・マーギュリス(天文学者カール・セーガンの妻。のち離婚)一九六七年のこと。一五誌から掲載拒否。一六誌目で掲載。当時の生物学の常識を大きく越えていた。

p213 真核生物(細胞内に細胞核をもつ生物=動物、植物、菌類、原生生物など)は、ミトコンドリアを体内にとりこみ、共生関係をつくったことで、より高度な生物に進化しはじめた。植物の葉緑体ももともと別の生物。

p214 〈遺伝子の世紀〉二〇世紀 一九四四年エイブリーらはDNA が形質転換の原因物質であること(遺伝子本体であること)を強く示唆する論文 一九五二年ハーシーとチェイスがそれを実験で証明 一九五三年ワトソンとクリックDNA の二重螺旋構造明らかに。

ミトコンドリア 一九五三年細胞質遺伝(細胞の核のDNA に依存しない遺伝。核以外のDNA 存在示唆)発見 一九五八年細胞から取り出したミトコンドリアが独自のタンパク質合成を行えることが示された 一九六三年ナス夫妻ミトコンドリアDNA 確認

リン・マーギュリスはそれらをふまえ、ミトコンドリアはもと独立生命体と主張。とりこまれた痕跡(=二重の細胞膜)を示した。

p216 卵子と精子が合体するとき、精子からはDNA だけが卵子の中に入る。精子のミトコンドリアは卵子に入りこまない。受精卵の内部のミトコンドリアはすべて卵子由来、つまり母親のもの。

p221 現在〈最古の人類〉といわれているのは、チャド(アフリカ中央部)で発見されたサヘラントロプス・チャデンシス。〈人類七〇〇万年の歴史〉。

新しい方の人類はエチオピアで発見されたホモ・サピエンス・イダルトゥ。約一六万年前。〈最も古い現代人〉。ミトコンドリアイブの推定年代はこれと一致する。〈人類アフリカ起源説〉を裏付ける。

p222 ヒトの進化は多地域進化説(ジャワ原人、北京原人、ネアンデルタール)。それらも大本をたどればアフリカ起源。矛盾しない。ミトコンドリアは全人類共通の太母が一六万年くらい前にアフリカにいたと教える。

第8章 生命は分子の「淀み」

p231 個体は、感覚としては外界と隔てられた実体として存在するように思える。しかし、ミクロのレベルでは、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかない。

p232 そこにあるのは、(分子の)流れそのものでしかない。その流れの中で、私たちの身体は変わりつつ、かろうじて一定の状態を保っている。その流れ自体が「生きている」こと。シェーンハイマーは、この生命の特異的なありようを「動的な平衡」と名づけた。(略)問い「生命とは何か?」。回答「動的な平衡状態にあるシステム」。

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