3・11を読む 松岡正剛

p39 また来ん春と人は云ふ

しかし私は辛いのだ

春が来たって何になろ

あの子が返つて来るぢゃない

(中原中也「また来ん春…」より)

p241 佐藤優 3・11クライシス!

マガジンハウス二〇一一年四月

天皇のビデオメッセージが暗示する

外務省でロシア外交を担当していた佐藤優が、鈴木宗男事件に連なって投獄されたのち、獄中記を嚆矢に国家論・外交論・官僚論・神学論・情報論と次々に連打した著作群は、どれをとっても極上の視覚がちりばめられていた。

深くて、広い。史的であって、新しい。インテリジェントな読解力が多層多重になっている。政治にも思想にも信仰にも、プレイヤーが交錯していることを見逃さない。まことに申し分のないスターの登場だった。(略)

p242 3・11 直後、佐藤は「この瞬間から日本は新しい歴史段階に入った。戦後が終わったのである」と書いた。「戦後」は二つ。太平洋戦争敗戦による戦後と、冷戦終了後の戦後だ。このバラバラになりがちの二つの戦後を、佐藤は持ち前の歴史的現在力によって引きつける。

ついで佐藤は、あえて今日の社会では抵抗感が強い「翼賛体制」「大和魂」の発揚といった用語をつかって、菅直人政権下の指導体制にカンフル剤を打つことを連続して提案している。

p243 たとえば、政府と主要メディアが報道協定を結ぶこと、過去の首脳経験者が緊急アピールを出すこと、東京電力にエールを送ること、支援諸国に対する感謝声明を示した意見広告を出すこと、〈原子力犯罪国家〉の烙印を捺される前にロンドン条約(一九七二年に採択された「廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約」)を遵守した言動を明確に打ち出すこと、原子力関係の科学技術者が安全と危険に関する深度のある表明を出すこと、なんらかの超法規的措置をとること…などなどだ。

佐藤はインテリジェンスのエキスパートだが、それ以上に、歴史の中のカテゴリーを〈死に体〉にさせない才能をもっている。「大和魂」といった用語を平気で使えるのは、この才能のせいによる。これは復古主義ではない。エスニー(*1)とエートス(*2)の概念工事がちゃんとできている。佐藤流編集力なのだ。

(*1)言語共同体の成員言語学的単位であることをその特徴とし,発生の起源や人類学的等質性による集団(人種)とは異なるもの

(*2)近代においては,1つの社会,民族の特色をなす性質,道徳をさす社会学的,人類学的用語

※戦前の日本人の文化を理解しない多くの現代日本人のなかにも、少数ながら戦前の日本人の文化を理解する生き残りはいるだろう。オレ(佐藤優)はそいつらに語る。…てことか?

もうひとつ、本書があきらかにしたのが、三月一六日に天皇のビデオメッセージが発表されたこと。

ビデオメッセージには、

被災地の悲惨な状況に深く心を痛めています、

原発事故の事態悪化が回避されることを願っています、

救援活動のひろがりに胸を打たれています、

自衛隊・警察・消防・海上保安庁の労をねぎらいたいと思います、

各国からの援助やお見舞いへの感謝を申し上げます、

被災者が希望を捨てることなく明日に向かってほしいと希っています、

といったことが述べられた。このことを佐藤はたいへん重視して、おおげさにいえばこれは「玉音放送」に匹敵すると捉えた。また、「このビデオメッセージは国体開示の再開に当たっているのではないか」と言う。(略)

p244 佐藤がどうしてここまで〈国の未来〉に踏みこんで現在日本を憂慮するのかについては、あらためて佐藤の『国家論』『誰が日本を支配するのか!?』『日本国家の神髄』『国家の「罪と罰」』などから一冊をとりあげて、ぼくなりにちゃんと説明しようと思うけれど、ここには戦後日本の「知と組織と判断」が、アメリカ型の合理主義・市場主義・生命主義・覇権主義・個人主義などによってズタズタになったこと、それをせめてインテリジェンスの〈復興〉を通してなんとか再起動させたいという思いがあったはずなのである。

それにしても本書の即刻の佐藤提案が、その後の日本でほとんど実っていないこと、そうとう暗澹たる気分になる。

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