金融政策に未来はあるか 岩村充

第一章
p31
日本の国債発行残高 普通国債
八五〇兆円 二〇一七年度上期末(九月末)
日本のGDP 五二〇兆円
景気対策優先で財政再建をしなかったツケ
うち日銀保有は四〇〇兆円
二〇一三年三月末の黒田総裁就任時 一二〇兆円
彼の主導した異次元緩和の規模の大きさがわかる

【このことが示唆するもの】
緩和終了時の金利上昇が、日銀保有国債の時価を下落させる。それにより新たな危機を発生させる可能性がある。

p32
大量の長期債を抱える中央銀行が金融緩和の出口に損失を抱えるのは当たり前。そしてこの問題には技術的な解決策があることも知られている。
【典型的な解決策】
危機的状況に陥る前に政府と相談して、中央銀行保有国債を、一般の金融市場で成立する金利(市場金利)と同調して利回りが変化する国債「変動利付債」に転換する。

二〇〇三年 バーナンキ提言
二〇一六年 岩村充提案

第二章
p35
二〇一六年一一月一五日
浜田宏一米エール大学名誉教授(*1)は、内閣官房参与として理論面から異次元緩和を支えてきた。
彼はこの朝、「学者として考えが変わった。クリストファー・シムズ米プリンストン大学教授の論文(二〇一六年八月)を紹介され、目からウロコが落ちた。
金利がゼロに近くては量的緩和は効かなくなるし、マイナス金利を深堀りすると金融機関のバランスシートを損ねる。今後は減税も含めた財政の拡大が必要だ」
(*1)「デフレは貨幣的な現象だ」という印象的な発言で知られる。

p36
一九九〇年代の終わり頃から
FTPL(物価水準の財政理論)が展開
「経済界の現状を見る限り、金融政策が物価を決めるとする従来の理論では説明しにくい『世界的なデフレ進行』の中で徐々に支持者を増加させている」
p37
一九八一年「財政(に対する予想)が物価に影響する」という指摘がTJサージェント、Nウォーレスによりはじめて登場。(略)彼らの言う「マネタリスト」は、中央銀行が供給する貨幣量が景気や物価に影響すると考える経済学者の総称。当時の金融政策論の世界で最も勢いがあった。
二〇〇〇年ごろ、著者(岩村充)も渡辺努とFTPLにたどり着いた。『新しい物価理論』(二〇〇四年)。望む反響得られず。当時、中央銀行の貨幣供給量が物価を決めるというマネタリストの意見が「常識」だった。
p38
FTPL(*1)は、リフレ論(*2)ともケインジアン型の財政政策論(*3)とも、全く違う。
(*1)物価が財政の影響とは無関係に決まるものではない。物価は貨幣的現象であるにしても、それが「金融政策だけ」で操作できるものではない。
(*2)貨幣量を拡大さえすれば物価が上がり景気が良くなる。
(*3)財政による総需要拡大に所得を増やす直接的効果がある。

政府と中央銀行の財務的不可分性p38
p39
貨幣発行益(シニョレッジ)で中央銀行と政府は結びついている。
p41
中央銀行の使い捨ては政府債務の踏み倒しを意味するから、それは政府活動の継続性に致命的。だが、人々がそう思うようになったのは、それほど古いことではない。
p41
金貨や銀貨が主流の時代。
貨幣の価値=金属の市場価格+貨幣という形を与えることの価値
この二番目の「貨幣という形を与えることの価値」に対する対価だけが「貨幣の鋳造者」への利益。だから、必ずしも政府が貨幣をつくる必要はなかった。事実、中世の日本(鎌倉、室町)では、政府による貨幣鋳造は極めて限定的にしか行われず、中国から輸入された銅貨が「宋銭」とか「明銭」として通用した。貨幣価値は、素材金属の採掘精錬費でしかなかった時代。だから当然だった。
p42
それを変えたのは、「産業革命」「市民革命」を経た西欧圏ではじまった「経済成長」である。
※経済成長=売上高の増加?
経済が成長すれば、貨幣の需要も増える。
そのため「金本位制(*1)」が考案された。
一八四四年、英国のイングランド銀行が銀行券の独占発行権を与えられた。
一九世紀後半、大英帝国の成功とともに多くの国に模倣され「中央銀行」と呼ばれる。
(*1)貴重な金貨や金地金は銀行の金庫に収め、代わりに何時でも金貨に交換しますという約束で「兌換銀行券」を発行する仕組み。
p44
■中世あるいは近世
金や銀が自然に貨幣としての役割を果たせたのは、人間の経済活動規模が大きく成長することがなかったから。
■一九世紀
経済成長して、貨幣需要も増大。一方で新たな金鉱の発見が続いたゴールドラッシュの時代。その金価格を安定させる役割を担った英国政府とイングランド銀行は忙しかっただろう。
■現在
各国は金本位制を完全にやめた。金は比較的小さなニュースにも価格が大きく反応する商品。貨幣ではなく、投機に向いた資源に戻っている。

p91
(デフレ対策としての?)マイナス金利政策に立ちふさがる「銀行券という壁」自体をなくせばよい。すなわち高額面券を廃止してしまう。
■二〇一六年一一月
インドのナレンドラ・モディ首相は、脱税や麻薬取引の温床になっているとして、千ルピーと五百ルピーを廃止すると宣言した。
■二〇一六年五月
ECB(欧州中央銀行)は、五百ユーロの発行を二〇一八年末までで終了することを決定。
翌日、長期停滞論のサマーズは、米国でも百ドル札を廃止すべきと論評。
p93
■二〇一七年一一月
ウィレム・H・ブイター(元イングランド銀行金融政策委員)、日本経済新聞に高額紙幣廃止論を寄稿。第一の理由は金融政策の有効性確保。
p96
五年間のシベリア流刑に耐えたドストエフスキーいわく「紙幣とは、そこに刷り込まれた自由である」(『死の家の記録』)

p107
金融政策とは、しょせんは現在と未来の交換ゲームであり、それがFTPLから学べる金融政策の限界である。

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