マニエリスム談義

マニエリスム談義
驚異の大陸をめぐる超英米文学史
高山宏1947 巽孝之1955
p7
アメリカを基軸に英米文学史の輪郭を(略)
2001.9.11以降、脱アメリカ的ないし環国家的なアメリカ研究が勃興(略)
p8
一九八〇年代、このころ勃興した多文化主義やポスト植民地主義の波を受けて、アメリカ文学史は複雑化(略)
一九八八年、『コロンビア大学版アメリカ文学史(エミリー・エリオット)』
一九九四年、『ケンブリッジ大学版アメリカ文学史(サクヴァン・バーコヴィッチ)』
p9
二〇〇九年、『ハーバード版新文学史』、二十一世紀的なアメリカ文学史が出現(略)
編者は、ワーナー・ソラーズとグレイル・マーカス(略)学会の中枢と在野の代表、狭義の文学研究と広義の文化研究、アカデミズムとジャーナリズムがしっかり手を組んだこと自体が衝撃である。※そうなんだ?
画期的なのは、本書が時代順の縦糸「通史という物語」を放棄して、年号を二二〇選び、音楽史、美術史、映画史、科学技術史を横糸に散りばめ「各年号が象徴する物語」を書く(略)
p10
同書は、通時的文学史を装った共時的文学史の実験と呼べる。
(略)
不満その一。今もアメリカ中西部には根強い影響力をもつ北欧民族、ヴァイキングが十世紀になした最初の北米大陸発見と上陸を重視する文学史は、北米ではまだない。
不満その二。コロンブス/アメリゴによるラテン系アメリカのあと、すぐにも一七世紀にマサチューセッツ中心にイギリス系ピューリタンのアメリカが開花。このような印象があるが、それまでにエリザベス女王の忠臣ウォルター・ローリーらによるアングリカン・アメリカが最初のイギリス系植民地をヴァージニアに設けた経緯を書いた文学史は、英米いずれにも少ない。
※ラテンアメリカ~ヴァージニア~マサチューセッツの順番。
p11
いわゆる「アメリカの夢」は、アメリカがまだ今日のアメリカでなかった時代からすでに始まっていたのではないか。だからこそ、米ソ冷戦が終わり、アメリカ的価値観が全地球的に浸透した現在、アメリカニズムはいまや、アメリカ以外の諸国家、諸共同体によって創り直されようとしているのではないか。
ほかならぬ二一世紀イギリスのEU離脱自体が、そしてそんなイギリスに嫌気がさした同国民の一部によるアイルランドへの脱出自体も、まさに一七世紀にピューリタン分離派がアメリカを目指した反復と映る。
※イギリス旧体制、アメリカ新体制の象徴ということか。
(略)
英米文学史を接続する。※筆者の目的。
英米をつなぐ最大の接点がマニエリスム。
ポー、ホーソーン、メルヴィルら、アメリカン・ルネッサンスの作家たち(略)
一九七〇年代後半の批評理論の勃興によって目覚めた私にとっては、構造主義、記号論、脱構築、新歴史主義、ポスト植民地主義、文化研究など同時代の動きは吸収したが、「大航海時代と重なるルネッサンスに萌芽して、長い精神史的伝統をもつマニエリスム」をいかにアメリカ文学研究に組みこめばよいのか悩ましい。
p12
新批評から脱構築まで、いわゆるポストモダニズム批評なるものは、マニエリスム的である。
(略)
マニエリスムを意識して英米文学史を再検討(略)

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神を凌駕するマニエリスム
神を超え、神を殺す。神を政治領域から文化領域に追放する。
政治領域はルール領域なので犯せば罰を受ける。
文化領域は良心とやらの曖昧領域なので犯しても必ずしも罰されない。

神=自然、現実を与えた。よって神を超える=自然、現実を超える。マニエリスム=超現実性。

ポストモダニズム(脱近代)=マニエリスム(脱神)(「マニエリスム談義」p12)
しかしモダニズム(近代)=脱神だろう。つまりポストモダニズムはモダニズムを超える脱神か。
モダニズムが神殺し
ポストモダニズムが新神探し、か?
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p13
一九九一年のセミナー「世紀末・甦るアリス」、ポーとキャロルを共通言語とする対話。この二人は、ルネッサンス以降のマニエリスムをアメリカン・ルネッサンスに、ひいてはポストモダン以降の現在に接続する作家たち。

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