『ニーチェ入門』清水真木

『ニーチェ入門』清水真木

第一章 ニーチェの生涯と思想p19
p21 一八六九年(明治二)、ニーチェは二五歳の秋、ギリシャ悲劇の本を計画。のちにニーチェ最初の作品『悲劇の誕生』(一八七二年)になるこの計画とともに哲学者ニーチェは第一歩を踏み出す。それから約二〇年間、一八八九年(明治二二)一月に四四歳のニーチェを襲う精神錯乱にいたるまで、ニーチェは多くの本を書いた。
「私は私、本は本」と晩年のニーチェは言うが、ニーチェほどその生涯と本が結びついている例はまれである。
p13 ニーチェが、発狂の三年ほど前、一八八六年から八七年にかけて、七つの本のために七つの序文を書いている。これらのジョブズは、ニーチェの著作活動を回顧する自伝として読める。ニーチェは強調する。
一、自らの本は回想録である。
二、そこで語られているものは、健康な面と病気の面をあわせ持つニーチェ自身である。
三、健康と病気こそ自らの思想の核心である。
ニーチェと同時代に、「あなたの言いたいことは要するにこういうことでしょう」とニーチェに語り、ニーチェを降参させた人物がいる。一八八二年春、シチリアに渡ったニーチェは、暑さのためにそこからローマに。ローマで出会った女性ルー・ザロメ(一八六一~一九三七)、当時二一歳である。彼女のニーチェ論『作品に現れたフリードリヒ・ニーチェ』(一八九四年。日清戦争)は、ニーチェの前で彼女自身によって朗読され、ニーチェによって絶賛されている。ニーチェの七つの序文に先立つこと四年前に、ルー・ザロメは強調している。
ニーチェの作品は自伝として理解されるべきであり、思想全体がニーチェの健康と病気の二重性を反映している。
p16 ニーチェにとって健康とは何であり、病気とは何であったのか。それはニーチェのいくつかの有名な言葉(概念)と、どんな関係があるのか。
わかってきたのは、ニーチェの新しさが、あまりにも身近にあるためにかえって気づくのがむつかしいものである、ということ。ニーチェが示した「新しい海」、それは私たちのまわりに広がっている。ニーチェが「新しい海」を発見する物語。その物語を知ることが、ニーチェの「健康と病気」という概念を理解することになる。

p19ニーチェの生涯と思想

p25ニーチェが生きた一九世紀後半のドイツは事態が進行していた。ドイツ語圏では、その固有の思想的伝統が消えつつあった。

一九世紀初めのドイツ語圏ではカント(一七二四~一八〇四。スウェーデンボルグ関連)の影響で、詩人ハインリヒ・ハイネ(一七九七~一八五六)いわく「哲学革命」が始まった。

しかし一八三一年のヘーゲルの死をきっかけとして、熱気は冷め、ドイツ語圏の哲学は沈む。「ドイツ観念論(フィヒテ(一七六二~一八一四)、シェリング(一七七五~一八二七)、ヘーゲル)」は読まれなくなる。

哲学界を支配していたヘーゲル学派は、ヘーゲルの死後、キリスト教の歴史的位置づけをめぐって四分五裂、無政府状態に。

一九世紀半ばに、カントの復権。カント主義者オットー・リープマン(一八四〇~一九一二)は、カントを形而上学的に歪める「亜流者たち」を批判し、「カントに還れ」とさけんだ。

カントの復権は、反形而上学的で、非哲学的なこの時代の反映。

カント(主義)は、科学の基礎づけへと自らの課題を制限した。そのことにより、同時代の文化に対する影響力を放棄した。

※私は科学です。文化は知りません。って? どうも、科学とか文化という言葉の定義が不明瞭。

※形而上の哲学を宗教といい、

形而下の哲学を科学というか

形而上の領域から離れたカントの哲学はは科学か

p26また、この時代、イギリスやフランスから、

経験論、

功利主義、

進化論、

実証主義

などが取り入れられ、ドイツ観念論の凋落によって生まれたすき間を埋めた。

ヘーゲルの死から現象学の登場まで、ニーチェの人生はこれら二つの間におさまる。この間、ドイツ哲学の暗黒時代と言える。ニーチェは、カント、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルの本を一冊も持っていない。

ショーペンハウアー(一七八八~一八六〇)

アフリカーン・スピール(一八三七~一八九〇)

第二章 ニーチェのキーワードp85

p91人生は、認識者(自分)の実験とすることが許されている。※なんでもあり。

※ニーチェの言う実験とは、「生存に対して最も敵対する認識(ペシミスティックな認識)に自己をさらすこと」と言える。実験の人生をニーチェは「危険な生活を送ること」と言う。負けたら「没落」。「最も敵対する認識」とは、「等しきものの永劫回帰」。それに勝てば「超人」。※てか、ただの馬鹿とか。笑

p98 (六)悲劇的認識

p99 一、価値なき生存は不可能

二、価値は虚偽

三、これら二つを理解した者は、生きるために、何らかの妄想を、それが妄想に過ぎぬと知りながら、欲求せざるをえない。※yへの愛とか。まさしく。

p100 (七)善良と邪悪、優良と劣悪

※ルサンチマンというなら、弱肉強食になる。人間性を認めないということ。

認識を楽しめ=今を楽しめ=エピクロス、か。

p113 (一二)権力への意志

ニーチェによれば、いかなる価値も合理的な基礎を持たず、したがって真なるものではない。※真偽不明、というべき。

ニーチェの言う権力=何らかの価値を真なるものと認めることによって、自らの生存を意のままにしうる力。※この価値観によって私は生きられる。たとえば愛、神、金。たとえば苔を飾ったバー。ようするに生きがい。

強者にとってはニヒリズム。※すべては虚偽、幻。というより、すべては真偽不明。その状態で生きていくことを余儀なくされる。別に五欲を「足るを知る」の気持ちで生きればよい。

弱者にとってはロマン。愛、神、金。

p113 強者の場合には認識の実験によって「権力感情(自らが得たいと願っていた権力が手に入り、自らの生存が意のままになったときに得られる充足感。※恋愛とか)」を手に入れる。※強者は認識の実験によってニヒリズムを確認して充足感を得られるのか。やれやれやっぱりこの世に意味はないのか、実験成功。…という気持ちを充足感といってよいのか。

p114 ※ニーチェの言う「権力への意志」とは、ようするに「生きがいを求める心」。

p115 本来、権力とは、健康な人間が自らの生存全体を危険に曝す認識の実験のはてに到達するはずのもの、自らに対して証明しなければならないものを指している。※たとえば神からかりた力を権力と言う。自分にとっての最高の場所としてたどり着いた境地、すなわち神の境地だから、権力と名づけたのか。

p123 (一六)ペシミズム

p124 健康な人間にとり、世界が無意味であり生存が苦痛に満ちたものであるという事態は、悦ばしい仮説、欲求の対象であり、真理ではない。これに対し、弱者すなわち病者は、同じ事態が合理的に証明された中立的な真理であることを要求する。

※ほうそうか、この世は無意味だというか。そんなことはない、おれは負けない。絶対意味のある生を、最善の世界を生きてやる。…って感じか。

第三章 ニーチェ百景p127

p158

ルー・ザロメがニーチェのうちに見出したのは、感傷とは無縁な、あらゆる困難を克服して前進する意欲を失わない傾向であったことが、『神をめぐる闘争(一八八五年。ルー・ザロメの出版されたものとしては最初の作品である小説)』からわかる。

第四章 著作解題p187

第五章 ブックガイドp223

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