『怪書探訪』古書山たかし

『怪書探訪』古書山たかし

p134 『僧侶』なんて、タダでくれたんじゃなかったかしら。

*** サイト

「僧侶」吉岡実

四人の僧侶
庭園をそぞろ歩き
ときに黒い布を巻きあげる
棒の形
憎しみもなしに
若い女を叩く
こうもりが叫ぶまで
一人は食事をつくる
一人は罪人を探しにゆく
一人は自潰
一人は女に殺される

四人の僧侶
めいめいの務めにはげむ
聖人形をおろし
磔に牝牛を掲げ
一人が一人の頭髪を剃り
死んだ一人が祈祷し
他の一人が棺をつくるとき
深夜の人里から押しよせる分娩の洪水
四人がいっせいに立ちあがる
不具の四つのアンブレラ
美しい壁と天井張り
そこに穴があらわれ
雨がふりだす

四人の僧侶
夕べの食卓につく
手のながい一人がフォークを配る
いぼのある一人の手が酒を注ぐ
他の二人は手を見せず
今日の猫と
未来の女にさわりながら
同時に両方のボデーを具えた
毛深い像を二人の手が造り上げる
肉は骨を緊めるもの
肉は血に晒されるもの
二人は飽食のため肥り
二人は創造のためやせほそり

四人の僧侶
朝の苦行に出かける
一人は森へ鳥の姿でかりうどを迎えにゆく
一人は川へ魚の姿で女中の股をのぞきにゆく
一人は街から馬の姿で殺戮の器具を積んでくる
一人は死んでいるので鐘をうつ
四人一緒にかつて哄笑しない

四人の僧侶
畑で種子を撒く
中の一人が誤って
子供の臍に蕪を供える
驚愕した陶器の顔の母親の口が
赭い泥の太陽を沈めた
非常に高いブランコに乗り
三人が合唱している
死んだ一人は
巣のからすの深い咽喉の中で声を出す

四人の僧侶
井戸のまわりにかがむ
洗濯物は山羊の陰嚢
洗いきれぬ月経帯
三人がかりでしぼりだす
気球の大きさのシーツ
死んだ一人がかついで干しにゆく
雨のなかの塔の上に

四人の僧侶
一人は寺院の由来と四人の来歴を書く
一人は世界の花の女王達の生活を書く
一人は猿と斧と戦車の歴史を書く
一人は死んでいるので
他の者にかくれて
三人の記録をつぎつぎに焚く

四人の僧侶
一人は枯木の地に千人のかくし児を産んだ
一人は塩と月のない海に千人のかくし児を死なせた
一人は蛇とぶどうの絡まる秤の上で
死せる者千人の足生ける者千人の眼の衡量の等しいのに驚く
一人は死んでいてなお病気
石塀の向うで咳をする

四人の僧侶
固い胸当のとりでを出る
生涯収穫がないので
世界より一段高い所で
首をつり共に嗤う
されば
四人の骨は冬の木の太さのまま
縄のきれる時代まで死んでいる

( 『吉岡実詩集』 (現代詩文庫)より)

***

「過去」

その男はまずほそいくびから料理衣を垂らす
その男には意志がないように過去もない
鋭利な刃物を片手にさげて歩き出す
その男のみひらかれた眼の隅へ走りすぎる蟻の一列
刃物の旅面で照らされては床の塵の類はざわざわしはじめる
もし料理されるものが
一個の便器であっても恐らく
その物体は絶叫するだろう
ただちに窓から太陽へ血をながすだろう
いまその男をしずかに待受けるもの
その男に欠けた
過去を与えるもの
台のうえにうごかぬ赤えいが置かれて在る
班のある大きなぬるぬるの背中
尾は深く地階へまで垂れているようだ
その向うは冬の雨の屋根ばかり
その男はすばやく料理衣のうでをまくり
赤えいの生身の腹へ刃物を突き入れる
手応えがない
殺戮において
反応のないことは
手がよごれないということは恐ろしいことなのだ
だがその男は少しずつ力を入れて膜のような空間をひき裂いてゆく
吐きだされるもののない暗い深度
ときどき現れてはうすれてゆく星
仕事が終るとその男はかべから帽子をはずし
戸口から出る
今まで帽子でかくされた部分
恐怖からまもられた釘の個所
そこから充分な時の重さと円みをもった血がおもむろにながれだす

p213 哲学者vs.エスパー『視霊者の夢』カントがスヴェーデンボリ(スウェーデンボルグ)を徹底批判したワケ

イマヌエル・カント(一七二四~一八〇四)は、ドイツの地方都市ケーニヒスベルク(現ロシア領カリーニングラード)の一哲学研究者に過ぎなかった彼は、四六歳でどうにか同地の大学の哲学教授に。さらにその一〇年以上後に刊行した『純粋理性批判』でようやく世間から注目。それまでの彼は『天界の一般的自然史と理論』『物理的単子論』といった自然科学や物理についての論文を多く書いている。そしてケーニヒスベルク大学教授就任の四年前に出版したのが、トンデモ科学系、つまり超能力者に挑んだもの『視霊者の夢』。エスパーは、当時ヨーロッパを驚かせていた神秘家スウェーデンボルグ(一六八八~一七七二)である。スウェーデンボルグはカントより三六歳年長。聖職者の子としてスウェーデンに生まれた。二八歳で鉱山局の監督になり、三一歳で貴族に叙せられ、国会議員まで務めている。だがあるときから、スウェーデンボルグは「霊視」ができるようになり、彼は霊界とこの世を往復しはじめる。そしてその体験をもとにした膨大な著作を発表する。その異端的な中身のせいで、一時教会から異端宣告されかけたり、著作の出版が禁止された。それでも彼の著作や思想にはエマーソン、バルザックやヘレン・ケラーも深く傾倒し、さらには禅を世界に広めた偉大な仏教学者・鈴木大拙さえ、数年の間とはいえスウェーデンボルグに入れ込み、スウェーデンボルグ『天界と地獄』などの翻訳をしているほどだ。現在でも世界中に信奉者は多く、スウェーデンボルグの大きな影響は今もなお、少なくない。スウェーデンボルグがたびたび訪れたという霊界の話は、かつて丹波哲郎が見たと称していた「大霊界」同様、「見た」と言われても他人には確かめようのないものだ。しかし、その一方で、客観的に見ても彼が超能力者であるとしか思えないようなエピソードが少なくとも三つある。
一つ目は、スウェーデンボルグがスウェーデンのエーテボリで会食をしていたある夜、突如遠く離れたストックホルムで火事が起こったと言い出した事件(千里眼事件)。刻一刻、彼は火事の現在状況を出席者に伝え、最後には彼の家の三軒手前でようやく火事が消し止められた、と語った。ストックホルム大火の報は翌々日になってようやくエーテボリにもたらされたが、火事の被害は、火事の夜にスウェーデンボルグがまるでその場で見てきたかのように語った内容と寸分違わぬものだった。
二つ目は、オランダの駐スウェーデン公使銀食器事件。急死した公使夫人のもとに銀細工職人がやって来て、亡夫が注文した非常に高価な銀食器の代金をまだ受け取っていないと責めたてた。几帳面な夫が金を払っていないはずがないと思いながらも、家をいくら捜しても領収書が見つからない。思いつめた夫人は、スウェーデンボルグに霊界にいる夫に聞いて欲しいと依頼した。果たして数日後、パーティーを開催中の夫人宅にやって来たスウェーデンボルグは、霊界で公使に確認したところ、すでに代金は支払っており、領収書は二階の戸棚にあるという話だったと伝える。夫人はその戸棚はすでに徹底的に捜したと抗弁するが、スウェーデンボルグは、公使しか知らなかった戸棚の秘密扉の存在を告げる。出席者たちと二階に上がった夫人が戸棚をあらためると、スウェーデンボルグの言葉通り、戸棚には秘密扉があり、開けてみると中にはオランダの機密書類とともに銀食器代金支払いの領収書があった。
最後のエピソードの当事者は、なんとスウェーデン女王である。スウェーデン女王が、亡くなったある将軍に彼が秘密にしていたあることをどうしても問いただしたいと思い、それをスウェーデンボルグに依頼した。霊界でその将軍に会ったスウェーデンボルグはさっそく女王にその内容を伝えた。それは詳細、正確であっただけでなく、明らかに女王と将軍しか知らないはずのものであったため、女王は深く感動した。
P216 当時まだドイツ小都市の一ガクトに過ぎなかったカントはこうしたスウェーデンボルグの視霊と奇跡に強烈に興味をかきたてられ、いろいろな手段を尽くしてスウェーデンボルグに関する調査を始める。右記の奇跡の現場に立ち会った人に間接インタビューも行い、信頼できる人物がスウェーデンに旅行する際にはスウェーデンボルグに会ってもらったり、遂にはスウェーデンボルグに会う人に手紙を託したほどである。その成果を踏まえて発表されたのが『視霊者の夢』なのである。
さて肝心の『視霊者の夢』であるが、前半はユーモアを交えているが、カントらしい読みにくい文章が続く。後半、スウェーデンボルグが登場。右記を含むスウェーデンボルグのエピソードと彼の著書の「霊界」の様子を書いて、盛んにスウェーデンボルグを揶揄している。しかし最後には、むしろ理性の限界点(哲学者が戦線を張れるギリギリのライン。それを越えた世界は証明のしようがないので、哲学者がとやかく言える領域ではない)を認め、哲学者は自分たちが仕事のできる(理性の)分野で働くしかない、としめくくっている。
※哲学者は死後を語れない。われ生を知らず。いずくんぞ死をや。
p217 当時はまだ哲学であっても「神が死んだ」とはいえなかった。カントもスウェーデンボルグの「奇跡」をけなしつつ、キリストの「奇跡」だけは例外だと弁解している。しかしスウェーデンボルグをダシにして、間接的に「奇跡」を前提とするキリスト教への批判を行った可能性もある。
もう一つ、結局カントはスウェーデンボルグに出した手紙の返事をもらえなかった。それでスウェーデンボルグに悪感情をもったのかもしれない。スウェーデンボルグはカントの手紙に対して、質問を受けたすべての点について自分が書いた本に詳しく述べているので、そちらを読んでほしい、とカントの代理人に回答している。カントより四〇歳近く年上で社会的地位も比べものにならないほど高く、また多忙でもあったスウェーデンボルグにカントへの他意はなかっただろう。しかし熱心にスウェーデンボルグを勉強していたカントにしてみれば、おもしろくはなかっただろう。あるいは、スウェーデンボルグがカントへの「回答」とした本『天界の秘儀』を読んでその荒唐無稽ぶりに失望し、針が一気に逆ブレしたのかもしれない。

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