『ピザの歴史』CAROL HELSTOSKY

『ピザの歴史』CAROL HELSTOSKY p7 序章 シンプルで複雑なピザ

一八三五年、フランスの作家で美食家としても有名だったアレクサンドル・デュマは、イタリアのナポリを訪れ、そこに住む貧しい人々の習慣と生活を観察した。『ル・コリコロ(一八四三年)』のなかで、彼はこうした下層民衆のことを「ラッザローニ」と呼んでいる。見かけのみすぼらしさが、聖書のたとえ話に登場する貧者ラザロを思い出させたからだ。ラッザローニはふたつの食べ物で生き延びている、とデュマは断言した。夏のスイカと、冬のピザである。デュマはさらにこう書いている。ピザは見た目ほどシンプルな食べ物ではない。

p11 本書ではこの二〇〇年ほどのピザの歴史のなかで、人々がこの食べ物をどう扱ってきたのか、その物語を紹介する。

p13 ピザは第二次世界大戦後まではローカルフードの域を出ることはなかった。その後、国内外への移住者の増加と観光業の発達によって、イタリア人にとっての食の遺産となった。近年はイタリアの食通たちからも評価されるようになり、「本物」のナポリ・ピザを大量生産化や絶滅の危機から守るための運動も始まった。

パンとトマトとチーズを組み合わせたピザはイタリア人の発明とされるが、ピザはアメリカが第二の故郷だ。ピザは、ナポリの郷土食からイタリア系アメリカ人と結びつくエスニックフードになり、それからイタリアを象徴する食べ物になった。

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