20180109飯盛山城と三好長慶

『飯盛山城と三好長慶』
p13
三好氏は、阿波を本貫地とする武士。一六世紀はじめ、阿波守護細川氏にしたがって畿内での活動を開始、西宮付近に上陸、上洛して軍事行動を展開。
大永七年(一五二七)、三好元長に擁された足利義維が「堺幕府」を開いたとされる。
天文八年(一五三九)、元長の息子である三好長慶(範長)は、摂津の越水城(西宮市)の城主となり、畿内に拠点をすえた。
天文一八年(一五四九)、長慶は細川晴元を京都から追放して畿内を支配した。

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