20170725 誰も読まなかったコペルニクス オーウェン・ギンガリッチ

p97
一六〇〇年
哲学者ジョルダノ・ブルーノに火刑の宣告を
※10巻(1550-1600)または11巻(1600-1650)で使用を検討。

p202
ミハエル・メストリンは、『回転について』出版の七年後の一五五〇年に、チュービンゲンの約五〇キロメートル東にある、当時はまだ小さな村だったゲッピンゲンで生まれた。そして天文学者としての生涯のほとんどをチュービンゲンで過ごした。最も有名な弟子がケプラーじゃ。

p235
レティクスが(イタリアで)訪問した人のうちには、イタリアの数学者ジローラモ・カルダーノがいた。 ※以下後日
(『磁力重力』p382)

p236
永遠の反逆児だったレティクスは、テオフラストゥス・フォン・パラケルススが提唱した新しい医学(従来の薬草ではなく化学薬品を用いる)に取り組んだ。それは太陽中心説に匹敵するほど、急進的な医学だった。
※パラケルスス1493-1541『磁力重力』p481

p238
コペルニクスが「太陽は宇宙の中心か、それとも地球の公転軌道の中心か」という問題を提起した箇所(ケプラーと師メストリンが論じあったに違いない箇所)のかたわらに書き込まれた書き込み。
※なぜこれが問題になるか? 太陽は地球の公転軌道の中心ではない。地球は太陽を焦点の一つとする楕円軌道を描くから。当時は「楕円軌道などありえない。円軌道が神の御心にかなう軌道だから」と考えられていたから? ならば、実は「楕円軌道」とわかったときに、「神の存在が揺らぐ」から問題なのか?

p306
ゲラルドゥス・メルカトル(1512-1594)ネーデルラントの地理学者。

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