牙を研げ 佐藤優

p9 第一章 中間管理職のための仕事術――独断専行の研究

p13
『作戦要務令』は、一九三八年、旧日本陸軍の円熟期につくられたマニュアル。日本の組織文化というものをよく理解していて、どのように実際の部隊を動かしていくかが書かれているので、今でも使える。

p17
マキャベリ『君主論』のなかに、お世辞をいかに避けるかという、本の核心
君主(リーダー)に一番危険なのはおべっか使い
惑わされると決断を間違う
率直に正確な情報を君主に上げられる環境をつくる
ただし、誰でも自由に物が言えると、誰も君主を怖がらなくなる
だから、特定の人を君主が決め、特定の専門分野に関して意見を言わせる ※麻雀の捨て牌とか
p18
意見を聞いてもすぐには反応しない。話を最後まで聞いて、情報の根拠は聞く。
しかし、自分がその情報についてどう思っているのか、評価はその場では絶対言わない。
なおかつ、もし部下が、自分が喜びそうな情報をあえて持ってきているという場合は、露骨に嫌な顔をする。
このように情報は何人かの専門家からとるが、決断は自分
ひとたび決断したら、強い意志で実行
これで部下が離反しない

p20
ソ連軍の懲罰部隊
半分がドイツ軍の捕虜になって、生きて戻ってきた人たち。銃殺か懲罰部隊か。
ほか四分の一は政治犯。トロキツスト、ブハーリン主義者ら、スターリンとの権力闘争に敗れた人々。
残り四分の一は刑事犯。
後ろに下がったら第一線の正規軍が射殺する。だから先を突破していくしかなく、強かった。

p28
命令を出した上司が想定していなかったような(トラブル)は、上司の思いを考えて、それに反しない範囲で、指示されたことではなくて現状に応じて、与えられた任務をはたす。※臨機応変
これが独断専行であって、下克上とは違う。
だから独断専行というのは組織にとって命ともいうべきものです。
独断専行ができないようなら指示待ち人間とみなされる。

p39 第二章 ビジネスパーソンのための宗教入門――国際社会を動かす論理を体得する

p66
二〇一六年二月、キューバでローマ教皇フランシスコとロシア正教会のキリル一世が会った。隠されたテーマはウクライナ。イスラム国は二次的
一九六四年に、当時のローマ教皇がコンスタンティノポリスの総主教(世界総主教)と会談して東西教会は和解している。
p67
※一五〇七年、細川政元没
一五一七年、ルターの宗教改革がはじまると、チェコ、ハンガリー、ポーランドにも及ぶ。
※一五一九年、北条早雲没
※一五三四年、織田信長生
一五四五年、トリエンテ公会議で危機を覚えたカトリック教会は、自らの構成を変えるとともに、腐敗を一掃して教皇直属の軍隊をつくる。これがイエズス会。プロテスタント討伐のためにヨーロッパで戦争開始。強すぎて、チェコ、ハンガリー、ポーランド席巻するのみならず、ベラルーシやウクライナまで入っていった。そこは、ロシア正教会。改宗をいやがる。
p68
ローマ教会は二つだけ譲歩をせまる。
一、ローマ教皇が一番偉い(教皇首位権)。
二、フィリオクェ(子からも)
正教会…「父、子、聖霊」聖霊は父から発出
カトリック教会…聖霊は父と子から発出
それでつくられたのが、ユニエイト教会

【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~

ユニエイト教会は、16世紀の終わりに今のベラルーシのブレストで始まり、

この教会は西ウクライナで強く、ウクライナ民族主義の母体
一九四五年、ソ連赤軍がウクライナ占領
一九四七年、ユニエイト教会は、秘密警察が脅し上げて、ロシア正教会に合同
一九五〇年代の真ん中くらいまで、この教会と、ナチス・ドイツに協力した(反ソ連の意味で)ウクライナ独立運動の人たちが、西ウクライナの山にこもって反ソ武力闘争。スターリンはこの教会をだから嫌った。
地下教会になったユニエイト教会に所属してバチカンとつながっていることがわかったら、軽くて七年、ひどいと二五年のシベリア流刑。殉教者も。
一九九一年、この経緯のため、ウクライナ独立のとき、ユニエイト教会の権利を認めろ(略)現在の反ロシアのナショナリズム、ドネツクやルガンスクなどでの対立において、西ウクライナ派の核になるのがユニエイト教会
だから見た目は正教会、実質はカトリック。活動させるな、がロシア正教会だし、プーチンの考え方。
対してカトリックは、ウクライナだけではなくロシアの中でもユニエイト教会の活動を認めろ
二〇一六年、両者がキューバで会ったのはどういう意味を持つか。キューバは無神論国家。伝統的にカトリックが強いが、政治的影響力は限定的。正教は関係ないが、ロシアとの関係は強い。
キューバは場所を貸して手打ちを手伝った。
ウクライナについてはお互いもう静かにしましょう、そのかわりイスラム過激派という共通の敵があるから、団結しよう。
こういう枠組みをつくった、まさに政治そのものの会談だった。

p71
父なる神を信じるか はい
子なる神を信じるか はい
聖霊なる神を信じるか はい
キリストの母を信じるか いいえ
はい、と言ったら火あぶり
五世紀、マリアは、キリストの母か、神の母か、大論争
神の母(テオトコス)正統
キリストの母(クリストトコス)異端
中正のカトリック教会はこんな議論ばかり
だから、それが救済と何の関係があると、多くのキリスト教徒が頭にきた。それからラテン語がみんなわからない。なんでわからない言葉でミサをやる? パンだけくれて、ワインを飲ませてくれない。キリストの血を油価にこぼしたら失礼だろうと言って、自分たちだけでがばがば飲む。それはおかしい、と行ったのがボヘミアのヤン・フス。
説教はチェコ語で、ワインも信者に、とやったら大論争になってフスは火あぶり。

p72
我々に重要なのは、一八世紀以降、つまり啓蒙主義以降の近代プロテスタンティズム
神の場所の転換。上と言ってもブラジルから見たら下。
取り組んだのはシュライエルマッハー
心の中にいると転換
p73
天の秩序を地上で実現することができる
地上に価値観をおろすと、科学技術の制約がなくなる
啓蒙主義が認められる(enlightenment)
その結果、一九世紀の終わり、人類は将来を楽観
地上に楽園はつくることが可能

p74 危機の神学の登場
ところが第一次世界大戦で全部崩れる
大量殺戮、科学技術が毒ガス、潜水艦、戦闘機
「人類の将来は楽観できない。神は心の中にいると考えたのは間違いか」
「もはやコペルニクス、ガリレオ以降の世界観を否定することはできないが、もう一度外部(あの世?)を取り戻さないといけない」
そして弁証法神学が生まれた。
別名「危機の神学」
カール・バルト 表現主義

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