20170519 舞台をまわす、舞台がまわる 第二回 山崎正和

鴨沂高校、京都大学文学部時代
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私より二年ほどの先輩が、ある日、「俺は理由なく自殺する」という。「理由なく」を、強調するんです。「不幸だとか苦しいとかいって自殺するやつは馬鹿だ。それは弱いだけの話。俺はいま幸せで、何も死ぬ理由がない。だから死ぬ」という。友だちがそれを聞いて、「よし、俺が薬を盗んできてやる」といって、化学室に入って青酸カリを盗み出し、ホイッと渡した。あくる日、その先輩は本当に死んでいた。これはある種の時代の気分を示しています。
その前後に京都大学でも殺人次元がありました。私よりもずっと先輩です。その人が最愛のガールフレンドを殺した。理由は「殺す理由が何もないから殺す」というものでした。「自分は彼女に惚れきっている。こんなに惚れると、自分は自由意志を持っているとはいえない。だから自分の最も意に反すること、自分が最もしたくないことをする。それが自由の証明である」という趣旨のことを自供した。それが報道されて有名になりましたが、私たちには不自然に響きませんでした。(*1)
(*1)文学部西洋史専攻の学生、井元勇が、女子学生(同じ京大の文学部で美学を専攻)に執拗に交際を迫ったのち、一九四八年四月十四日、その自宅に侵入し刺殺した事件。殺害の動機に関する自供の内容について、新聞では「一瞬間でも喪失した自己の魂を回復し主体性を確立したい」などと報じられ、「哲学殺人」と呼ばれた。

p55
レッドパージ(一九五〇年七月開始)

またこの頃、天皇が京都大学に行幸され、その際に発生した学生の反対運動に端を発する学生処分事件がありました。(一九五一年十一月)。これは「京大天皇事件」として年表などにも記されています。

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この頃の数年間は文字通り、シュトルム・ウント・ドランクの時代でした。のちの話ですが、「血のメーデー事件」が起こっています(一九五二年五月)。警官隊と学生、労働者たちが物理的にぶつかった大事件です。しかも警察官ははじめて拳銃を持っていました。その前年に米軍が方針を変えて、警察官に銃を持たせることにしたのです。最初に配給された拳銃は不細工なもので、大きくて持ちにくそうでした。アメリカでは牛の食肉解体の際に使用するという話を聞きました。警官隊はデモ隊との衝突の騒乱の中で、その銃を安易に使ったのです。東京では皇居前で、京都では八坂神社近くの円山公園でぶつかって、東京では警官が水平射撃をやってしまった。死者が出ました。

p57
当時の思想的な状況をいうと、共産主義も入ってきたけれど、もっと新鮮だったのは実存主義でした。サルトルの『実存主義とは何か』。その評論が、われわれにとって衝撃的でした。本当に新鮮でしたね。
というのは先ほど、服毒自殺した高校生の話をしました。彼の自由観というのは、ある意味で「実存主義的自由」ですね。あるいは「不条理の自由観」というのか。元をたどればカントの自由論まで行きます。それは社会主義的自由論とは正反対です。社会主義で自由とは、ヘーゲルに戻って「未来に対する正確な予見」であるというわけです。ところが実存主義では、予見なんてとんでもない話で、むしろそれを拒否するのが自由だという。これは新鮮でした。当時のわれわれの頭の中は、ごちゃ混ぜなんですね。

※未来が予見できる=未来に対する不安がない=自由、か?
それに対して実存主義は、未来が予見できる=自身の未来に対する拘束=不自由。よって、その拒否こそが自由。

p58
友だちの家の押し入れの中で布団をかぶり、電蓄を抱えるようにして二人で(フルトヴェングラー「ベートーヴェン/第五交響曲」のレコードを)聴くわけです。いまから思えば滑稽ですが、二人とも真剣そのものでした。つまり、昼間に「レッドパージ反対」とか「死ぬ理由がないから自殺する」とかいっているのと、夜中にレコードを聴いているのと、みんな一緒くたなんですね。

高坂正顕

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