20160113 蓮如 一向一揆

1972年9月25日 第1刷発行
笠原一男
井上鋭夫
岩波書店

p589
蓮如──その行動と思想──
笠原一男
一 部屋住み時代と蓮如

p590
 蓮如が四十三歳になった時、父存如は六十二歳で世を去った。時に長禄元年(一四五七)、正妻の子応玄は二十五歳であった。第八代法主は応玄に決まったようなものであった。周囲も応玄もそのつもりであった。
 しかし、本願寺第八世法主の地位は、諦めきっていた蓮如の手に、突然といった形で転がり込んできた。本願寺法主の地位を蓮如に握られた応玄とその母は、わずかばかりの本願寺の財産のすべてをさらって加賀国大椙谷(おおすぎだに)にしりぞいた(拾塵記・実悟記)。あとにのこされたものは、「ただ一尺ばかりの味噌桶一と代物百疋」 (拾塵記・実悟記)だけであったと伝えられている。
※一休六四歳

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