エスピオナージ
麻生幾
2007年8月10日
幻冬舎
p36
中山が生まれたのは宮城県北部の貧しい農家だった。だが小学校の頃から成績は優秀で、県立高校に入ってもトップクラスだった。東京の国立大学も狙えるぞ、と担任教師は勧めてくれたのだが、わずかな耕地しか持たず、年老いた両親と三人の息子がいるため、冬ともなれば父親が出稼ぎでほとんど自宅を留守にするような家庭では、はなから大学という言葉を口にできるはずもなかった。
高校を卒業するとすぐに集団就職して上京した彼は、大手電機メーカーの工場従業員として勤務。薄給の中から実家へ仕送りを続けた。
p40
「…二人の中学生と高校生、どっちも息子なんですが、情けないことに、私のことを…その…バカにしていましてね…」中山は椅子に沈んだ。「女房に至っては、もう、あからさまに侮蔑の表情を投げかけやがって─」
「分かるとも」
頷いた水越も身を乗り出した。程度の差こそあれ、夫婦という関係は互いの心を削り合うことにいつか気づくものなのだ─それは水越の確信だった。
p128
警察からは労災金が下りなかったのだ。水越はこれには激しく人事に抗議した。あきらかに公務に関係していたことはもちろん、あいつらの犯行だったのだ。外国の機関からの“攻撃だった”にもかかわらず国は見捨てたのだ!