20150618 21世紀の貨幣論(四)

第4章 マネーの支配者はだれか?

アルゼンチンの通貨危機
p100
 二〇〇二年一月、アルゼンチンは、カレンシーボード制を廃止すると発表した。(略)数週間で(略)対外債務のデフォルトに陥った。アルゼンチンは国際資本市場から締め出され、今も復帰できていない。

p116
『管子』の貨幣論
 アリストテレスは『政治学』で「それ自体が有用で、日常生活の中で取り扱いやすいもの、たとえば銀などの金属のようなものを…交換のために与えたり、受け取ったりすることを相互の間に取り決めた」と記し、西洋の標準的な貨幣論を。
 『管子』を著した学者はまったく違う。マネーは主権者、つまり君主の道具であると、彼らは書いている。マネーは統治機構の一部だという。(略)
p117
 君主には、二つの選択肢。一つはデフレ政策。
「国の貨幣の一〇分の九は君主の手にあり、一〇分の一が人民の手にある。ならば、貨幣の価値が上がり、万物の価格は下がる」。
 もう一つはインフレ政策。
「君主が貨幣を用いて万物を買い入れれば、貨幣は下に流れ、物資は君主のもとに積みたくわえられて、万物の価格は騰貴して一〇倍になる」。

p118
 紀元前二〇二年に秦王朝崩壊。漢王朝は放漫。貨幣増発して財政赤字補填。やがてデフレ政策を余儀なくされた。
 この金融引き締めに民衆は猛反発。紀元前一七五年、文帝は稷下学宮の不可侵の教義を破る実験。皇帝以外の者が貨幣を鋳造することを認めた。司馬遷は伝える。「ついに鋳銭の禁令を出す」

p120
主権者によるマネーの支配
p120
 権力維持のためには、貨幣の発行を独占するべきだ。
 ヨーロッパでは、真逆。その貨幣思想は、プラトンとアリストテレスの貨幣論を土台にして何世紀もかけて発展。のみならず、思想を前進させたのも、主権者ではなく人民。そして、主権者によるマネーの支配を強くするのではなく、緩めるための思想。

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