20111030なぜいま人類史か #本

なぜいま人類史か (洋泉社MC新書) [新書]
渡辺 京二 (著)
出版社: 洋泉社 (2007/01)

*

宗教的狂熱は、教祖から独立して動き出す。たとえばキリスト教にせよ、十字軍という蛮行は、キリストの説くところとは何の関係もない。つまり、理想主義というのは、ひとつ間違うと、とんでもなく怖ろしい結果を生む。
自戒するべきでしょう。
(なぜいま人類史か P33)

人間と別な自然があるのではない。人間は自然の一部に過ぎない。生物は自然という自分と異なる系に侵入して、それに適応したりそれを変改したりしているわけではない。生物=生命がそもそも自然の分化したあり方である。
(なぜいま人類史か P62)

自然という実在系(世界)の一構成要素でありながら、人間はその系の構造を解明しつつある。その意味では、たしかに生物としてあるラインを超えたかもしれない。知恵の実を食べて楽園を失ったのかもしれない。
(なぜいま人類史か P65)

私の言いたいのは、現代文明の最大の問題点は、人間と世界の間を引き裂くこと。そのような文明は決して永続するはずがない、ということです。そして世界とは何かと問うて、自然と社会であるといい、まず自然と人間の関係について考えてみようとしました。
(なぜいま人類史か P68)

現代文明の最大の問題点は、世界の中での自分の個人性と意味を破壊することだ。世界は単なる物理的空間で人間の計測・工作対象。その空間での生は、任意の、偶然の、何の意味もない存在にまで解体される。世界に安住できなくなる。世界を差異の戯れに還元したから。
(なぜいま人類史か 76P)

言語は、自分、自分以外のヒト、世界(自然)の三者の相互作用の場である。人間の社会は独立した系ではない。自分は、直接自分以外のヒトと関係を持っているのではなく、世界(自然)を通して、関係を持つ。言語はそういう場の働きである。だから、詩的言語は古くから存在する。
(なぜいま人類史か 81P)

言語は、世界(自然)という実在系の中でヒトがヒトであることを自己了解(自分で納得)する協働的な働きだ。ヒトは世界に呼びかけることによってのみ同類に呼びかけうる。この世界への呼びかけ(了解)と、同類への呼びかけ(了解)が別物ではないということが、言語という現象の核心になるはずだ。
(なぜいま人類史か 81P)

彼らの人間中心主義反対とは実は
…新人間主義と規定することもできましょう。
(なぜいま人類史か 89P)

われわれは自分がこの世に存在することを意味あるものたらしめるような世界=自然観を、あらたに樹立したい…
知を支えてくれるのは信の力です。…人間の長い歴史は信を伝統として残したのであり、そういう信なしに文明を築こうとすることは、…蟻塚の思想
(なぜいま人類史か 93P)

魂の交わりとしてある社会の成立条件である信仰と習俗を、批判し嘲笑し解体してきた…結果としてわれわれが失ったのは世界との親和であった
(なぜいま人類史か 96P)

ローレンツが皮相なラジカリストに忌避され嫌悪されるのはもっともなことだ。彼は古き伝統・習俗・倫理・儀式というものに生物学的な、つまり科学的な基礎を認めようとしたのだから。これこそ近代以来の知のタブーに他ならない。ローレンツは文化には生物進化的な基礎があると主張している。
(なぜいま人類史か 97P)

近代の強制力。ネイション・ステート(国民国家)と工業文明が近代の実態。この文化複合形式を採用できない民族は踏んだり蹴られたりの端役に。ネイション・ステートは結局ナショナリズムと大衆化社会を生み出す装置。今の世界も基本的にこの装置の上にある。
(なぜいま人類史か 265P)

幕末、日本の知識人(大部分は武士)は、永久に踏んづけられる世界ドラマの端役に甘んじるかどうかという問いを突きつけられた。それに甘んじないなら、国民国家と工業文明を建設せねばならない。他の選択肢はなかった。
(なぜいま人類史か 267P)

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